第2話 イズル 初陣
何時間も森の中を歩き続けてようやく見かけた食べられそうな魔物だ。
頭に角が生えているようにも見えるが、この際だ。細かいことは思い切って気にしないことに決めた。
ここまで歩いてくる間に、獣や魔物らしき怪物を全く見なかったわけではない。
でも、カバくらいのサイズのカエルや人間サイズのスカンクもどきを相手にどうしろと?
十徳ナイフを手に入れられたのはついほんのさっきのことだし、仮にカエルやスカンクを見つけた時にもっていたとしても勝てる気は全くしないな。ああいうのは気付かれる前に逃げるに限る。
君子危うきに近づかず、が俺の持論だし、今までもずっとそうやって生き残ってきた。
でも、もうさすがに空腹も限界だ。ナイフがあって、角があるとはいえうさぎくらいなら……
『グギイイィィィイ!』
『ブシャアァァ!』
よし、まずは少し離れて安全確保だ。これは危うきに近寄らない俺の戦法だ。逃げるんじゃないからな?
よし、ここならもう気付かれないな?
なんなんだあのうさぎは!
4匹いた攻撃していたほうのうさぎは中型犬の中でも大き目サイズだったし、攻撃に耐えていたほうは大型犬くらいの大きさはあったぞ。
(ぐう~~)
どうやら危機を訴えている俺の脳とは逆に、腹はあのうさぎ達を見逃してやるつもりはないらしい。
……覚悟を決めるか。どのみちここで食わなければここで魔物のエサになってしまうのは間違いないだろう。
今の手持ちの武器は十徳ナイフ1本。
さすがにこれだけの武器で4+1匹のうさぎと遣り合うのは無理だ。
1匹はなんとかなったとしても、残りのうさぎに押し倒されてあの角で穴だらけにされてしまいそうだ。
全然しらない世界で体はもうガタガタ、そしてこれから生まれて初めて野生の魔物(獣?)を狩ろうというのに、不思議と俺の頭は冷静だった。
不足の事態にたいしておろおろしているようでは、とても官僚として長く務めることはできないのだ。
深呼吸をして、できるだけはっきりとガレージを思い浮かべる。
「やっぱりな」
目の前にはさっきと同じようにガレージにあったアイテムの一覧がホログラム状に表示されていた。
その中から大人2名で使えるハンモックと上部なロープを選び、手を触れる。
すると十徳ナイフの時と同じようにそれぞれ実体化した。
ソロキャンプしかしないのになんで2人用ハンモックなのかって?いつか彼女でもできたらいっしょに使いたいと思ってたんだよ。いちいち聞かないでくれそんなこと。
ハンモックは網状の物だがかなり丈夫に作られている高級品だ。
それをナイフとロープを使いどんどん加工していく。
DIYの経験や元来の生先の器用さのおかげで、ほとんど時間がかかることもなくテレビや映画でよく見かける初歩の罠【跳ね上げ式罠網】が完成した。
うさぎたちの様子を少しだけ確認すると、大き目のやつはもうボロボロになってやられるがままになっていた。
とりあえずこちらにはまだ気が付いていないようなので罠網の設置にかかった。
獣道の脇に生えている樹からちょうどいい枝ぶりをしているものを選び、罠網をしかけた。
罠網は獲物が乗れば自動的に発動するものではなく、獲物が罠の上にきた瞬間に俺がロープを引っ張って作動させるタイプの物だ。
罠を落ち葉で隠して準備完了。後は伸るか反るか一発勝負だな。
☆彡
大きいうさぎは完全に無抵抗になっていた。これなら少なくともあいつは追いかけてこられなそうだ。
残り4匹の角うさぎに対して、離れた場所から拳程の大きさに石を思い切り投げつけた。
願わくばこれで1匹でも減らせればと思ったが、願いもむなしく石は大きな音をたてただけでうさぎの手前で落ちてしまう。
「くそ、ダメだったか」
うさぎは俺に気付いて追いかけてきた。俺もそれを見て全力で逃げ出す。
二十メートル程離れていたのだが、一気に追いつかれるだろうなと思っていたのに、案外うさぎとの距離は詰まっていない。
こちらで目覚めてからずっと思っていたが、どうも俺の体の動きが四十近いおっさんのものではなくワンゲルでバリバリ慣らしていた頃のように感じるな。
結局最初の差をほとんど確保したまま罠の設置点まで逃げ切ることができた。
おかげでしっかりとタイミングを計ることができる。
うさぎ達は楽しみを邪魔された怒りからか、纏まってまっすぐ俺に突進してきていた。
(よし、これならいけるぞ! 3・2・1……いまだ!)
思い切りロープを引っ張りって罠網を作動させると、うさぎは短く『ギィッ』と悲鳴を上げて釣り上げられていった。
(やったか!?)
そう思った瞬間、一匹のうさぎがハンモックからするりとすり抜け俺に突進してきた。
くそ、こうなったらやるしかないか!
十徳ナイフを構えてうさぎに向けて構え……なっ!?
目の前まで迫っていたうさぎが、横から突進してきた何かに弾き飛ばされそのまま樹にぶつかって倒れた。
そして突進してきた何かも、力尽きたかのように蹲る。
「お、お前……まさか俺を助けてくれたのか? ……いや、まさかな」
俺の目と鼻の先に倒れたそれは、四匹に攻撃されていた一回り大きい角うさぎだった。
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