日ノ出ズル異世界転生

クレール・クール

第1話 ヒノ イズル

 たまに連休が取れると、よくキャンプに出掛ける。


 それも、ソロキャンプって呼ばれているやつだ。


 官公庁の官僚として働いている俺は、毎日毎日極限まで精神が擦り切れるような仕事をしている。


 国会の開催期間中なんかは、まともに家に帰って眠ることすらできずにひたすら上と下の顔色を窺いながら関係各所との調整に追われることになる。


 今回も何日も帰ることができなかったが、ようやく仕事も終わり、来週は久しぶりの連休が取れることになった。


 子供のころからボーイスカウトやワンゲルで慣らした俺は、いつの頃からか静かな穴場のキャンプ場を探してソロキャンプを張ることが楽しみになっていた。


(よし、これでだいたい準備は終わったな……)


 久しぶりのキャンプに、ちょっと張り切りすぎて準備をしてしまったかもしれないな。


「ん……」


 腕を組み大きく伸びをすると、体のそこかしこがギシギシ悲鳴をあげた。


 どうやら仕事で体が鈍っているだけでは無さそうな気がするな。40歳目前の俺の体にこれ以上無理はさせないほうがよさそうだ。


 帰宅後少しだけ準備をするつもりだったが、いつの間にかソロとはとても思えないくらい用意してしまったキャンプ用品を見回す。


 若いころからずっと続いてきた趣味だけあって、装備やグッズの豊富さはちょっとした専門店並みだ。


 車好きだった両親が遺してくれた戸建ての自宅には、大型車が2台置けるくらいの大きなガレージがある。


 両親には申し訳ないが、今の俺は車はキャンプに出掛ける時にレンタカーを借りて乗るくらいで、広いガレージの中には専らキャンプグッズやDIYで使う資材や工具が置かれていた。


(調味料は取りあえず買い足す必要はなさそうだな。ほかの食材は前日の仕事帰りにいつものスーパーで用意すればいいか)


 少し張り切りすぎてしまった感があるが、とりあえず満足してそろそろ夕飯にするかとガレージを出ようした時


「な、なんだ!?」


 足元から、いや、頭上や横、そして体の中からすらも金色とも銀色とも白とも赤とも言えぬ暖かい光が放たれ、ガレージを満たしていく。


「ああ、これは夢だな。最近徹夜続きだったからな……」


 仕事続きで疲れ切った頭では、夢以外の何かである可能性なんて全く考えられなかった。


 光はどんどん強まり今では、もう目も開けていられられない程に強くなっていた。


(それにしても、いったいどこからが夢だったんだ? 家には……確かに帰ったよな? まさか、連休がもらえたっていうのが夢だったなんてことは……ああ、だめだ眠い)


 光はどんどん強く、暖かく感じられるようになっていく。


(暖かいな……体の疲れが癒されていく気がす……る……)


 暖かく優しい光に包まれながら、俺はいつのまにか意識を手放していた。



 ☆彡



(ん……なんだか暖かくなってきたな)


 12月も残り少なくなったこの季節、暖房設備のない自宅のガレージは冷え込みがとても厳しい。


 少なくとも、こんなに暖かく感じるようなことはない。


 ということは、やはり自宅に帰る前にデスクで眠ってしまったらしいな。


 またこれからもう一度キャンプの準備をしないといけないのかと溜め息をついて起き上がろうとしたときに、違和感に気付いた。


 デスクで眠ってしまったなら、うつ伏せで眠っているはずだ。俺の職場に仮眠スペースなんていうものはなく、ここ数週間毎日同じ姿勢で目覚めていたのだから間違いない。


(どういうことなんだ?)


 俺は今、間違いなく仰向けで横たわっている。それも、ベッドやソファーなんかではなく、テントや寝袋を使って眠る時に感じる草と土の上にいるみたいだ。


 目を開けてみるが、さっき夢で見たばかりの不思議な光に包まれ、何も見えない。


「よっこらしょ」


 腕に力を込めてなんとか立ち上がり、また違和感に気付いた。


 最近は立ち上がる時には掛け声をかけないとなかなか立ち上がれなくなってきた。


 今もクセで掛け声は出てしまったが、体が非常に軽く、スムーズに立ち上がることができた。


 俺の周囲を包んでいた光が少しずつ弱まり、霧の中にいる程度の明るさになってきた。


「やれやれ。 まさか最近の仕事まで夢で、キャンプで眠ってずっと長い夢でも見ていたってとこか? うっ?」


 ひとりごちったその瞬間、強烈な風が吹き俺の周りの霧状に変わっていた光を吹き飛ばしていった。


 ようやく視界が開け俺の目に飛び込んできたのは、いつも行くキャンプ場の山奥にそっくりな光景で、さっきの独り言が正しかったかのようにも思えた。


 ただし


『グオオオオ……ン』


『ビィギャァァアア』


 いつものキャンプ場にいるはずのない獣や大鳥の鳴き声さえ聞こえなければ、だ。



 ☆彡



 おいおい、勘弁してくれよ。


 遥か上空を飛んでいる大鳥の羽ばたきの風圧がここまで届くのかよ。


 さっきの光を吹き飛ばした風はあいつの羽ばたきでおきたものだったみたいだ。


「ぐっ……!」


 風圧で飛ばされてきた石が頭に当たり、血がでてきた。


 その血を拭った時点で、もうこれが夢だなんていう考えはなくなった。


 まだなにがどうなっているのか訳は全く分からないが、これが現実だということは理解できる。


 そして、ここが少なくとも日本ではありえないということも。


 大鳥はまたひと鳴きしたあと、どこかへと飛び去っていった。


 風が収まり樹々のざわめきも収まってくると、さっきまでは気付かなかった周囲の様子がしっかりと理解出来るようになってきた。


 どうやらここは森の中らしい。三百六十度見回しても景色に変化は見られないかなり広大な森のようだ。


 目が覚めた時に感じた暖かさは今も感じる。多分、日本だと春くらいの気候だと思う。


 森は人の手が入った様子はまるでないが、時折聞こえてくる獣の声以外に不快さは感じない。


 樹々の間隔もそれなりに開けていて、枝葉で空が覆われ太陽の光が地面まで届かず苔や怪しいキノコだらけということもない。


 ちょっとここでキャンプ張ってみたいかも。


『グギャアアアアァァ』


 うん、やっぱりまずは安全確保と現状把握からだな。


 太陽と樹の成長の様子から東西南北のあたりをつけて、東のほうに進んでみることに決めた。


 なぜ東にしたかというと、俺の名前が日野 出弦(ヒノ イズル)だからだ。


 俺の人生の恵方は東と、小学生の頃から勝手に自分できめていた。


 歩き始めて数時間、景色は全く変化が見られない。


 でも大丈夫。俺の恵方は例え知らない世界であろうが東だ。


 さらに数時間。


 俺が目覚めた時は登り始めたばかりだった太陽はすでに傾きはじめている。


(腹減ったな……)


 最後に食事をとったのは官庁で食べたコンビニ弁当だ。それからキャップグッズをいくつか買い足してから家に戻り、食事前に来週のキャンプの用意をし、不思議な光に包まれた。


 時差とかがどうなっているのかは分からないが、左腕の腕時計が正確に動いているのなら丸一日は何も食べていないことになる。


 そこからまたしばらくは、食べられそうな木の実や果物を探して歩き続けたが、俺の手が全然届かないところに生えていたり、手の届くところにあったものは見たこともない動物が縄張りを主張していてとても近付けそうにない。


 やばい、フラフラしてきたぞ……。


 このままだと体力が完全になくなって動けなくなりじり貧になる。それならまだ動ける今のうちに、弱そうな動物でも狩ってみるか?


 何か道具でもないかと服をまさぐってみるが、出てきたのは財布と身分証明証だけだった。


「くそ、せめてガレージにあった道具があれば何かできることがあるかもしれないのに……うおっ?」


 いったい今日何度目の驚きだかもうとっくに分からなくなっているが、そんな俺をびっくりする出来事がまた起きた。


 目の前に、いきなり立体ホログラムのような感じでガレージにあったアイテムの一覧が浮き上がってきた。


「これってもしかして……」


 試しに、浮き上がってきたリストの中から十徳ナイフを選び、ホログラムに手を伸ばす。


 すると、ホログラムで表示されていたナイフが実体化し、俺の手にズッシリとした握られていた。


 もしかして、他の物もか?


 ホログラムにもう一度手を伸ばそうとしたとき、近くの草むらの奥から複数の獣の争う音が聞こえてきた。


 慌てて意識をそちらに向けると浮き上がっていたホログラムはスッと消え去った。


 獣に気付かれないようにそっと様子をうかがうと、4匹の角の生えたうさぎが一回り大きい角うさぎを取り囲み、一方的に攻撃を加えていた。


 その様子を覗き見た俺の頭に、ひとつの言葉が浮かぶ。


「今夜の食材、発見だな」








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