月下の戦い(中編)

 放課後、物は試しと四人で件の占い店に訪れた。

化粧品店や洋菓子店など、お洒落な店が並ぶ中で、その店は異彩を放っていた。

古びたビルの前に、「占い店AKIRA」とおどろおどろしい文体で書かれた

電光板があるだけで、それ以外に店の存在を示すものはなかった。

 狭い階段を上がっていく。康を先頭に、雄介、芽亜梨、弥里の順だ。

何かあれば避けれるから自分を前にしろという康の言葉は決して虚栄などではなく、

確かな自信に裏打ちされていた。

雄介も黒百合である程度は身を守れる。芽亜梨も姿を消せば攻撃を躱せるだろう。

弥里だけは身を守る手段がないので、彼女を最後尾にした。

 店の扉は二階にあった。アンティーク調の木の扉だった。

ドアノブにはOPENと書かれた板が下げられている。

アニマを装着して突入してもよかったのだが、占い店が普通の店だった場合、

こちらが変質者になってしまう。弥里と芽亜梨は誤魔化せるかもしれないが、

雄介と康は言い逃れしようがなかった。何せ鎧と眼帯である。

 康が扉を開けると、鈴の音が室内に響いた。

薄暗い店内には人がちょうど四人座れるサイズのソファがあり、

その前には布がかけられたテーブルと、丸椅子が置いてあった。

調度品は全て赤みがかった紫色で統一されている。


「いらっしゃいませ」


 奥のカーテンから声がして、一同は一斉にそれを見た。

いたのは、喪服の女だった。全身黒づくめで、頭には小さなハットを載せている。

黒いヴェールに覆われているが、表情は分かった。薄らと笑っている。


「予約はした? 恋愛相談? 将来への悩み?」


「あー、うーん」


 襲ってくる様子もない。アニムス特有の、大小様々なバツ印の柄の装飾品も身に着けていなかった。

これは外れだろうか。落胆する雄介たちをよそに、喪服の女は丸椅子に腰を下ろす。


「まあ、座って。今日だけ特別。誰から占ってほしい?」


「ちなみに、値段は?」


「看板に書いてなかった? 一回四千円」


 思っていたよりは安かった。

他の三人もそれくらいの余裕はあるらしく、いそいそと財布を取り出す。

それを喪服の女は手のひらで静止した。


「大丈夫、占いが終わって、満足出来たら払ってくれればいいから。

ああ、私は橘昌。見ての通り、しがない占い師。

それじゃあ、そうね。そこの君、座ってくれる?」


 橘が雄介にソファに座るよう促す。

押しかけておいて断るのも失礼な気がしたので、雄介は大人しく従った。

弥里たちも一緒にソファに座ってくる。

 橘は簡単な占いの説明をした。名前と生年月日を言って、あとは手相を見せてくれればそれでいいらしい。

これが巷で話題の占い師というのだから拍子抜けだ。

もっと小難しい占いをするものだとばかり決めつけていた。

 これまた素直に名前と生年月日を告げ、左手を差し出す。

それを橘が手に取った。手相を見ているのかと思いきや、なぜか両目を瞑っている。


「小さいころ、ゾンビもののホラー映画を見て大泣きしてたのね。

一週間はうなされて中々寝付けなかった」


 耳を疑った。弥里たちは、適当なことを言っているなという具合に聞いていたが、雄介は違った。


「友達が多かったのね。サッカーとゲームが好きで、髪が長めの男の子とはいつも一緒だった。

その子が女の子に告白されて、二人で公園で相談しあったりしてた」


 間違いない。礼二のことを言っている。その思い出も確かだった。

愕然とする雄介を、弥里たちが心配そうに見てくる。

そこまで告げて、橘は何も言わなくなった。目を開け、雄介の顔を射抜くように見据える。


「ちょっと、ほかの子も見せてくれない?」


 そこから、弥里、康、芽亜梨の順番に名前と生年月日を口にし、橘に占ってもらった。

橘は一通り占い終えたのか、すっくと立ちあがると店の入り口に向かっていった。

扉を開け、OPENと書かれた板をひっくり返す。

 振り返った橘は、おもむろにヴェールを取った。

すると、ヴェールが虚空に消えた。まるで最初からそこになかったかのように。

二十代後半と思しき、たれ目に鼻筋の通った顔立ちが露わになる。


「裏で話しましょ」


 雄介たちは何も言わずに立ち上がった。最早、確認する必要もない。


===


「本当の話をするとね、私、ただのオカルトマニアだったのよ。

手相占いも、全部本で読んだ知識でやってた」


 カーテンの裏には店の雰囲気には似つかわしくない和室があった。

小さな木の卓や冷蔵庫が置かれており、ちょっとした休憩室のようでもあった。

畳の上に置かれた座布団に橘が正座する。

どうぞ上がってと言われ、雄介たちも靴を脱いで畳に座った。


「でも、この前変な夢を見たの。蝶が出てきて、白い花が一杯で。

気づいたら、このヴェール。鬼灯っていうらしいんだけどね」


 橘は占いの最中とは打って変わって饒舌になっていた。

雄介たちは静かに話を聞いていた。ここまできたら、何を言うまでもない。


「このヴェールをつけて、名前と生年月日を教えてもらって、手を握って目を瞑ったらあら不思議。

スクリーンが浮かび上がってきて、その人がどんな人生を送ってきたか、

ぶつ切りではあるけど見えるのよ。で、このヴェールをつけながら占いしてたら、

いつの間にかテレビの取材が来るようになっちゃった」


 アニマ使いの占い師。これほど儲かるものはないだろう。

他の三人も物珍しそうに橘を見ていた。それもそのはずだ。

彼女は自分たちが遭遇した中で、初めての大人のアニマ使いなのだから。

しかもその能力から、自分たちが何をしに来たかも察しがついているのだろう。


「なんか、すんません。俺たち、てっきりアニムス使って悪さしてるもんかと」


 康が頭を下げる。続いて雄介たちも橘に謝った。

アニマを使って商売をしているだけで、これといって他人を傷つけているわけでもない。

雄介たちが橘に詰め寄る理由もなかった。

橘が慌てた様子で、はいはいもういいから、と手を叩く。


「それより、相談があるんだけど」


「なんですか?」


「そのアニムス狩り、私にも手伝わせてもらえないかなって。

見ての通り、鬼灯でできることなんて過去ののぞき見くらいだけど、嘘発見器みたいな使い方もできるし。

なんなら、この部屋を集まる際に使ってくれて構わない」


 まじかよ、と康が目を輝かせながら身を乗り出す。

それを弥里が腕を上げて制止し、橘に疑問をぶつけた。


「ありがたいですけれど、理由が思い浮かびません。どういうおつもりで?」


「どういうもなにも」


 そこで橘は困ったような表情をしながら、腕を組んだ。


「子供が人助けしようと頑張ってるの見て、あっそう頑張って私知らなーいって言えるほど、

私も腐った大人じゃないってこと。できる限り助けるから、少しは頼りなさい」


 弥里が呆気にとられた表情をし、康と芽亜梨は素直に感謝を述べていた。

雄介も意外だった。こんな大人は初めて見る。


===


 このままじゃ過ごしにくいだろうからと模様替えを始めた橘を手伝っていたら、

辺りはすっかり暗くなっていた。

幸いこの辺りは街灯が多く、視界には困らない。

街には変わらず人が溢れていた。さすがに学生はほとんどいなかったが。

四人で駅へ向かう途中で、芽亜梨が口を開いた。


「橘さん、いい人でしたね」


「おう。ああいう人もいるんだなあ。ちょっと変わってるけど」


 二人ともすっかり橘を気に入った様子だった。

確かに、これからの活動拠点が確保できたのは大きい。

ネモフィラの噂も流してくれるというのだから願ったりかなったりだ。

そんな二人とは対照的に、弥里は警戒心を緩めていないようだった。


「あまり信じ込みすぎるのもよくないわ。

お言葉には甘えるけど、ある程度の線引きはしないと」


「それには賛成」


 弥里に同意する。橘にも自分の生活がある。

それが脅かされるとなれば、彼女とてずっと味方とは限らない。

 四人で橘について話していると、向かい側から派手な少年二人が歩いてきた。

服装は二人ともだぼだぼのジャージだったが、髪がとにかく派手だった。

片方は金色のメッシュを入れた長髪、片方はツーブロックの短髪だ。

荒事にはなりたくない。雄介はすっと歩道の端に寄り、道を譲った。

弥里と芽亜梨も同じように移動し、康もそれにならう。

少年二人はさも当たり前のように、肩で風を切りながら大股で歩いていった。


「おい」


 康が声を潜めて雄介に顔を寄せてくる。


「あのロン毛の方のピアス、見たか」


「いや?」


 ピアスがどうかしたのだろうか。

振り返って少年の背中を見るが、髪に隠れてよく見えない。


「バツ印が大量にあった。二回も見てんだ、間違えねえ。ありゃアニムスだ」


 浮ついていた表情もどこへやら、康はきっと少年の背を睨みつけた。


「どうする」


「追おう。今仕掛けないとしても、なんとかして身元を特定したい」


 弥里と芽亜梨を見る。二人とも反対する様子はない。

雄介たちは反転し、少年たちを追った。


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