月下の戦い(後編)
なんとか見失わない程度の距離をとりつつ、少年たちを尾行する。
少年たちが向かったのは人通りの少ない道に面した駐車場だった。
少年たちが車の陰に消える。駐車場の片隅から、鈍い音が聞こえてくる。何かが肉にめり込む音だ。
車から車に移動するように、少年たちに近づく。
三台ほど挟んだところで、雄介は車体の下から何をしているのか覗けないものかと屈んだ。
街灯に照らされた駐車場の隅に、六人近い男がいた。
皆一様にだらしのない格好をしており、髪だけは派手な装いをしていた。
その中心に、スーツの男性がうつ伏せに倒れていた。
声が聞こえてくる。
「やっと財布出しやがった」
「げ、全然入ってねえじゃん。これじゃ分けても、ラーメン一杯くれえだ」
「クレカ見っけ。どうする? 番号ゲロってもらう?」
カツアゲだった。それも学生間のちゃちな強請りではない。
会社員を標的にした、強盗に近しいものだ。
顔を上げると、康は既に弟切草を呼び出していた。
弥里と芽亜梨もアニマを装着している。雄介も黒百合を呼び出した。
ここで見過ごすわけにはいかない。最悪の場合、あのスーツの男性が殺されてしまう。
「おい!」
康が車から身を乗り出し、叫ぶ。芽亜梨が踵を鳴らして姿を消した。
「何やってんだ、おまえら! 警察呼ばれたくなかったらやめろ!」
少年たちがゆらりとこちらを見る。
その目には見覚えがあった。
自信と悪意に満ちた、その歳になるまで他者を虐げることを常として生きてきた人間の目だ。
雄介は嫌悪感を覚えた。この手合いはアニムスに限らず、
何かしら他人を凌駕できるものを得ると、水を得た魚のようにそれを振り回す。
「まずは出方を見よう。何かあったら俺たちで止めるぞ」
「おう」
康に呼びかけ、三人で少年たちと対峙する。
少年たちはげらげら笑いながら、スーツの男性から離れこちらへにじり寄ってきた。
「なんだよ、正義の味方気取りか?」
「うぜえなあ、雑魚がイキってんじゃねえっての。変なコスプレしやがってよ」
「マッパにして撮ってアップしてやろうぜ」
「なあ、あの女怪我してっけど可愛くね? テンション上がってきたわ」
好き放題ぬかす少年たち相手に、雄介は問答無用で黒百合を起動した。
鎧の上に細い影の刀身が現れる。街灯程度の光源ではこれが限界だ。
「なんとか言えよ! ビビるくらいなら最初から邪魔すんなよ! クズが!」
暗いためか雄介の影の刃が見えていないらしく、少年の一人が威勢よく吠えた。
ポケットから何かを取り出し、こちらに投げつけてくる。それを康が弟切草で静止させた。
ぴたりと空中で止まった折り畳みナイフを見て、少年たちが目を丸くする。
右腕を振り、影の刃でナイフを叩き落とす。
二人を除いて、少年たちはパニックに陥った。蜘蛛の子を散らす勢いで、駐車場の出口へと走っていく。
その様子を、残された二人は冷めた目で見ていた。
「あー、そう。おまえらもそういうクチ。超能力貰って、ヒーローごっこかよ」
長髪の少年が近くにあった黒いセダンに両手を伸ばし、車体の上と下に手を差し込んでいた。
そして、あろうことか、それをゆっくりと持ち上げたのだ。
車体は軋みをあげることもなく、静かに少年の手を支柱に地面から浮いた。
少年が踏み込み、車体を持ち上げたまま振りかぶる。
まさか、投げつけてくる気か。今の雄介では巨大な盾は出せない。弥里と康を守れない。
焦る雄介を嘲笑うように、車が空を飛んだ。弧を書くようにして雄介たちに落ちてくる。
康が舌打ちし、車が空中に固定される。その隙に康が弥里と雄介の手を取り、横に走った。
弟切草の能力が解除され、車が地面に叩きつけられる。
静かな都会の夜に、車体がぶつかり、ひしゃげる音が鳴り響いた。
「あまり長引かせると人が寄ってくるわ」
弥里が危惧していることは、雄介も意識していた。
彼らは後々警察に突き出すとして、今人に来られたらまずい。
「弥里さん、一旦隠れてて。俺と康で飛び込んで、なんとかする」
弥里が素直に頷き、後ろに走る。退避した弥里に少年の視線が集中する。
それを見計らってか、姿を消していた芽亜梨が跳躍し、倒れていたスーツの男性の前に着地すると、
重たげに顔を歪めながら助け起こした。どうやら意識はしっかりしているらしい。
スーツの男性は芽亜梨に短く感謝を伝えながら、出口へ走った。
「何やってくれてんだよっ!」
短髪の少年が近くにあった街灯に走り寄り、手を当てる。
一体何をするつもりなのかと思っていると、街灯がめきめきと音をたてながら変形しだした。
先が曲がりくねり、幾つにも枝分かれして、芽亜梨目掛けて槍のように伸びた。
よく見れば、彼の腕にもアニムスらしき腕時計があった。
それを芽亜梨は跳び退いて回避するが、更に槍と化した街灯が追撃を仕掛けた。
だが、芽亜梨にはかすりもしなかった。
軽やかにステップを踏み、次々と地面に突き立つ鉄槍を全て避けてみせた。
やがて当たらないと判断したのか、短髪の少年は槍を引かせた。
代わりと言わんばかりに雄介たちにその切っ先が向けられる。
長髪の少年も、次の車に手をかけていた。芽亜梨は既に姿を消している。
「おい、どうする。俺に止められるのは一つだけだぞ」
「避けるしかないか……康、車の方を止めてくれ。伸びてくる街灯はなんとか……」
背後からクラクションが鳴る。振り返ると、一台のボックスカーがこちらを向いて停まっていた。
ヘッドライトが発光し、雄介たちを照らす。
運転席にはあのスーツの男性と、隣に弥里が乗っていた。
「雄介君!」
弥里が叫ぶ。その意図は言われるまでもなかった。
雄介は返事をする代わりに、黒百合の装甲を展開した。
先ほどとは比べ物にならない影が黒百合から流れ出し、黒い巨人の腕が現れる。
赤い車が宙を舞い、鉄の槍が伸びてくる。
「こっちでいいよな!」
槍が動きを止める。康のその判断は正しかった。
影の拳で飛んできた車を叩き落とし、勢いのまま槍を掴む。
動き出そうとする槍を捻り、へし折る。
得物を失い無防備になった二人の懐に芽亜梨が飛び込み、横薙ぎの蹴りを繰り出した。
月桂樹に覆われた芽亜梨の左足は短髪の少年の腹にめり込むと、打ち出された弾丸のように吹き飛ばした。
飛んできた短髪の少年に巻き込まれ、長髪の少年もろとも塀に叩きつけられる。
ずるりと崩れ落ちる二人に歩み寄り、影の刃でピアスと腕時計を両断する。
決着だ。
===
スーツの男性は何が起こっているか理解できていなかった。
逃げた先に弥里が待っており、頼み込まれて車に戻ったのだという。
「ここに車を取りに来たら、彼らにぼこぼこにされてたわけだからね」
スーツの男性は顔のいたるところに青痣を作りながら苦笑した。
四十台の、人当たりのよさそうなサラリーマンだった。
「それで、君たちは一体?」
「……色々あって、こういうことができるようになったんです。
できたら、言いふらさないでもらえませんか。お願いします」
雄介はスーツの男性に懇願した。
彼は完全に雄介たちのアニマを目撃していた。
もしかしたら写真を撮られていて、それをマスコミに持ち込んだりするかもしれない。
「なら、聞かないよ。何がどうなってるかさっぱりだけど、君がそう言うなら」
意外だった。てっきり、断られるものかと思っていた。
「僕にも、君たちくらいの子供がいるんだ。君たちが何をしているのかは分からない。
けど、本当に危ないと思ったら、誰かに助けを求めるんだ。いいね」
そう言って、スーツの男性はスマートフォンを取り出した。
自分が通報しておくから、君たちは立ち去ったほうがいいと口にする。
雄介たちが現場にとどまる必要はない、と首を振った。
「ありがとう、ございます」
「応援してるよ」
スーツの男性がにこりと笑う。雄介たちは小さく頭を下げ、その場を後にした。
本当に、世の中には色々な大人がいるものだ。
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