第2話 ガール ミーツ 魔王
「はぁ、はぁ、はぁ」
薄暗い迷宮の通路を、私はふらふらと走っていた。まだまだ出口は先なのに、思うように体が動かない。原因は分かってる、さっきの矢だ。
久しぶりに迷宮に潜ってみたら、こんな所に居ないはずの高位の魔獣に襲われた。なんとか逃げたと思ったら、今度は物陰から矢が飛んできたのだ。致命傷は避けたけど、一本が太ももに浅く刺さってしまった。それからだ、体が酷く重くなったのは。
「やっぱり、毒だ⋯⋯」
多分矢に毒が仕込まれていたのだろう。このままでは迷宮を出る前に毒が全身に回ってしまう。
「っ⋯⋯⋯⋯『我が光の導きに答え、我を蝕むものを除きたまえ⋯⋯ディスペル』」
ダメ元で解毒の魔術を詠唱してみるが、これっぽっちも発動しない。そりゃそうだ、今まで一度も魔術を使えたことは無いのだから。それに、こんなに強力な毒、かなり高位の魔術師じゃないと治せないだろう。
「これは⋯⋯覚悟決めないとまずいかも⋯⋯」
抜刀していた剣を握り直す。朦朧としてきた頭で、なんとか出口を目指そうとして────。
「グギギギギャギャギャギャアアアアアア!!!!!」
すぐ前の右手の通路から、私の体格の10倍もありそうなカマキリ型の魔獣が姿を現した。
「っ!?」
すぐさま右手に握っていた剣を縦に一閃。鋭利な鎌を弾くが、毒のせいで足元が狂い上手く距離が取れない。
「⋯⋯ふっ!!」
今度はこちらから反撃。しかし、その硬い表皮に弾かれて攻撃が通らず、絶え間なく襲いかかってくる鎌の連撃を防ぐことしか出来なくなった。
危機一髪、そんな状況にもかかわらず、私は毒のせいで普段ならしないようなミスを犯してしまう。足元の水溜まりで足を滑らせてしまったのだ。
(まずいっ!?)
振り下ろされる鎌をスローモーションになった視界で見ながら、私は自分の死を悟った────。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯え?」
だが、鎌は一向に振り下ろされない。恐る恐る魔獣を見ると、何故か全身に蒼い半透明の鎖が巻き付き身動きが取れなくなっている。
「ど、どうして⋯⋯?」
「────おい、そこの人」
「ひえっ!?」
背後から急に話しかけられ、思わず飛び退いてしまう。
「いや、そんなに驚かなくても⋯⋯」
後ろに立っていたのは黒のマントで身を包んだ、これまた珍しい黒い髪、黒い目の青年だった。歳は私と同じくらいだろうか。今はその端正な顔に柔和な笑みを貼り付けている。
「いや、ごめんごめん。驚かせるつもりはなかったんだ。⋯⋯って君、怪我してるな。あと毒もか、ちょっと待ってろ」
「へ?いや、この毒は治せな⋯⋯」
「『術式構築、及び転写。
聞いたことの無い詠唱のあと、私の体がポカポカと温かさに包まれる。それが過ぎ去った後には、傷は消え体の重さも嘘のように消えていた。
「う、嘘⋯⋯この毒をこんな簡単に⋯⋯?」
「あ、やべ、魔術使っちゃった。⋯⋯いや、いいじゃん。ほっとけないだろ?怪我してるのに。そんなガミガミ言うなよ耳元で」
「⋯⋯えっと、誰と話してるの⋯⋯?」
「え、これ周りに聞こえてないのか、むっちゃ恥ずかしいじゃん。え?さっき言いましただ?嘘だ絶対言ってないね」
「あ、あの⋯⋯」
「だからキンキン耳元で叫ぶな!まじで頭揺れる!」
「あ、あの!」
「グググギャギャギャギャアアアアアアア!!!!!」
「!!、魔獣が!」
見ると、さっきまで魔獣を押さえつけていた鎖が壊されていた。カマキリ型の魔獣は憎しみの篭った目でこちらを睨みつけている。
ただでさえ勝ち目のない強力な魔獣なのだ、こんなに怒らせてしまってはもう逃げる他ないだろう。幸い毒は解いてもらった。これなら出口まで逃げられる⋯⋯。
「⋯⋯よし、倒すか」
「ええ!?ま、まって!そいつはB級の魔獣ですよ!いくらなんでも倒せっこないです!」
「んーまあ、強いかもしれないけど、ドラゴンよりはマシだろうよ」
「ド、ドラゴン?貴方何言って⋯⋯」
男は飄々とした態度で、魔獣の前に立ち塞がる。だかその態度とは裏腹に、目には毅然とした意思があった。
「リリ、サポート頼む」
その瞬間、男から濃密な魔力が発露した。襲いかかろうとした魔獣も思わずたたらを踏む。
「『術式構築、右手に展開。
その隙に懐へ潜り込んだ男が掌底のように「衝撃の魔術」を叩き込む。これまた聞いたことの無い詠唱。かなり短い詠唱なのに威力は高く、魔獣は十メートル以上も吹き飛ばされた。
「追い打ち行くか。『術式構築、展開位置任せる。
今度は魔獣を半ば覆うようにして魔法陣が出現。蒼い雷撃がカマキリを襲った。
「ギャギャアアアアアアアアアアアア!!!」
思わず悲痛な声を上げる魔獣。体の表面を覆う硬い表皮は雷撃により無残に溶けていた。
「⋯⋯オーケー、弱点は頭か。解析ありがと」
またもや誰かと話している。だが、内容は驚くべきものだった。
(今の一瞬で、弱点である魔石の位置が頭であることを見抜いた⋯⋯!?)
「グググギャギャギャギャアアッッ」
倒れ伏していた魔獣が立ち上がる。だが、その目に映るのは薄暗い闇に煌々と光る魔術式。
「『術式構築、照準合わせ。
その声と同時に、男の指から魔力の塊が撃ち出され、魔獣の頭を抉るように貫く。
「ギャギャギャギャギャギャアアアアアアアアアァァァァァァ⋯⋯⋯⋯」
魔獣の心臓たる魔石が破壊されたカマキリの魔獣は、一瞬その巨躯をもがくように動かしたが、ゆっくりと地面に倒れ動かなくなった。
「おつかれ、リリ。⋯⋯いやそんなカリカリしなくても⋯⋯これは不可抗力だって」
「あ、あの⋯⋯貴方は、いや、貴方達は何者⋯⋯?」
「あーそうだな⋯⋯なんて言えばいいのか」
困ったようにボリボリと頭をかいた青年は、少し考えた後こう答えた。
「俺の名前はアルト。────魔王、やってる」
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