第3話 剣士の少女と頼み事
「ま、魔王⋯⋯?」
目の前の少女が首を傾ける。そりゃそうだ、いきなり魔王とか意味がわからんよね。その気持ちよく分かる。
『あの、マスター?それそんな簡単に言っても良いものなんですか?』
「え?」
『いやだって、魔王ってラスボス的なやつですよね?名乗ったら色々面倒なんじゃ⋯⋯』
リリがおずおずと聞いてきた。俺の頭をゲームやラノベなんかに出てくる魔王の末路がよぎる。だいたいは勇者とかに殺されてた。
⋯⋯⋯⋯。
「ごめん、いまのなし」
「え?」
「俺はどこにでも居る、ふつーの魔術師だよ☆」
自分でも苦しいと思うが、とりあえずウィンクしとく。転生してから容姿も変わったのだ、多少はイケメン的な方向に。これで女の子相手なら誤魔化せるだろ。
『きも』
うるせぇ。
「え?待ってさっき魔王って」
「そんなこと言ったっけ?」
「いや、絶対言って⋯⋯」
「それより君の名前は?どこ住み?L〇NEやってる?」
多少無理矢理だが会話のハンドルをきる。焦って少々変なことを口走ってるが、細かいことを気にしたら負けだ。
『気色悪い⋯⋯』
やめろ。
「え、えっと⋯⋯エル……だけど⋯⋯。」
「よし、じゃあエルさん。とりあえずこのダンジョン?から出よう!話はそれからだ!」
「は、はぁ⋯⋯」
言うが早いかずんずんと歩きだす。これ以上追求されるとボロが出かねない。
「あ、あの⋯⋯」
「なにか?」
「出口、そっちじゃないんですが」
「⋯⋯⋯⋯」
大人しくついて行くことにした。
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「じゃあ、改めてお礼を⋯⋯さっきは助けてくれてありがとうございます」
静かな迷宮から一転、周りは喋り声や食器の触れ合う音でいっぱいだ。
迷宮を出てからエルに案内されたのは、すぐ近くの小さな街「イルトリア」にある、これまた小さな食堂だった。この街にはここぐらいしか客人をもてなせる所がないのだ、とエルは申し訳なさそうに言っていた。
ちなみに、道中「エルと呼んで」と言われたので、さん付けはなしにした。「ちゃん」と付けようとしたのだが子供っぽいと怒られてしまった。ちなみに15歳だそうだ。子供じゃん。
『そういうところだと思います、マスター』
どういうところだ。訳が分からん。
付け加えると俺は前世から数えて18である。
話を戻そう。
「いやいや、たまたま通りかかっただけだし、大袈裟だって」
「でも私の命を救ってくれたことには変わりないです。なにか、お礼出来ることは⋯⋯」
「お礼⋯⋯ね⋯⋯」
『⋯⋯⋯⋯なんですかマスター。エルさんの体をじろじろ見て。⋯⋯まさか体で支払わせようとか、思ってないですよね⋯⋯?』
「思ってねぇよバカ!あとこれエルにも聞こえてんだろ変な事言うな!!」
「⋯⋯」
顔を顰めて両腕で自分の身体を庇うように掻き抱くエル。まて誤解だやめろその反応。
そう、実はリリの声をエルに聞こえるようにした。もう俺に「一人」連れがいることは気づかれてしまったし、いいだろう。
「え、えっと、リリちゃんって結局どういう⋯⋯」
「ああ、詳しい紹介がまだだったよな。こいつはリリ。えー⋯⋯自称精霊だ」
『自称ってなんですか自称って!私はれっきとした精霊です!』
そうは言ってるが正直疑ってる。だってリリは姿が見えないのだ。まあ、厳密に言うと「魔力に意思が宿っている存在だから不可視」らしいがよく知らん。
「⋯⋯精霊ってもう何百年も存在が確認されてなかったはずだけど⋯⋯」
「え、そうなの?そんなレアキャラなのこいつ?」
『ええ、そうだったんですか⋯⋯?』
精霊ご本人も知らなかったらしい。それってどうなのか。
俺がリリと出会ったのはあの「部屋」⋯⋯転送されてすぐ送られた、あの地獄のような部屋だ。もう思い出したくもない。
まあそれから何やかんやあって無事部屋から脱出、その脱出先がさっきの迷宮だったわけだ。つまり俺達はこの世界について何も知らないことになる。
街までの道すがらこの世界のことを簡単に聞いてみたが、ラノベなんかによくある剣と魔術のファンタジー世界だった。ホントにあるんだね、異世界。
「それで、話は戻りますが⋯⋯ぜひなにかお礼を、と」
「んー⋯⋯」
改めて目の前に座る彼女を見てみる。美少女だ。すごい美少女だ。かなり明るい茶髪に、まだ幼さも残っているが、目鼻立ちはぱっちりとした顔。胸は⋯⋯少し貧相だが俺は貧乳派なのでなんの心配もいりませんね。
『ふんふんなるほど、マスターは貧乳派と』
やめて、俺の性癖メモるのやめて。
いや、そうじゃなくて。
彼女の体格は小柄。とても剣を振れるようには見えないが、よく使い込まれた風の細身の剣を一振り、腰に携えている。
そう────この子、冒険者の剣士なのだ。
迷宮で助けに入る直前にエルが戦っているのを見たが、毒に侵されている状態でもあんなに戦えていたのだ、きっと剣が上手いに違いない。
ならば────。
「じゃあ一つ、頼み事があるんだけど」
「⋯⋯なんでしょう」
「剣術をさ、教えてくれないかな」
せっかく剣と魔術の異世界に来たのだ。魔術は修めたのだから剣を習ってみようじゃないか。
「そ、それでいいの⋯⋯?」
「うん」
『てっきりいかがわしいことでも要求するのかと思いました、ちょっと見直しました』
そんなことで見直されるの俺心外。なんで相棒の好感度がこんなに低いのかね。
それに付け加え、俺に敬語を使わないように頼んだ。かしこまられるの柄じゃないしね。
するとエルは俺をじっと見つめ、数秒ほど俯き、それからこう言った。
「じゃあ、あの⋯⋯ごめん、一つお願いが⋯⋯」
「なんなりと」
「そ、その⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯⋯魔術を、教えてくれない⋯⋯?」
「いいよ」
「そうだよねダメだよね⋯⋯って、いいの!?」
何を驚いているんだろ?この世界では魔術が普及していると聞いたんだけど。
「あ、えと⋯⋯。魔術師の方は皆、自分の魔術をあまり人に伝えたりすることはないから⋯⋯」
「そうなのか?ケチだな」
「一般に広まっている有名な魔術は別だけど、魔術師の方々は自分オリジナルの魔術を持っていて、あまり他人には見せないと聞いていたから⋯⋯。あんなに特殊な詠唱なら、かなり秘伝の術式なんかを使っているのかと思って」
「んー秘伝ではないかな、あれはリリと契約してないとできないし」
「じゃあ⋯⋯」
「大丈夫、俺の知ってる範囲でエルが使える魔術を教えるからさ」
俺はおもむろに右手を差し出す。
「じゃ、これからよろしくってことで」
エルもおずおずと手を出して俺と握手する。
「······うん、よろしく!」
そんなこんなで、奇妙な師弟関係が出来たのだった。
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