第35話 奉天会戦 1
満州軍総司令官大山巌が日露戦争の関ヶ原と位置付けた奉天会戦がいよいよ幕を開こうとしている
誇張ではなくまさに「全世界の耳目を集めた」両軍合わせて60万の軍が戦う近代戦がまさに始まろうとしている。
源太郎はこの奉天の会戦で一気に決着をつけて早期の講和を始めようと考えていた。それほどまでに砲弾と兵士の損耗が激しかったからである。
2月21日この平均年齢40歳以上で構成されたもっとも東側を攻める鴨緑江軍の戦闘で奉天の会戦は始まった。
源太郎は第3軍の中から第11師団を抜き出して即席の鴨緑江軍の戦力としたことは述べた。
しかしこの日にはまだ合流しておらずわずか1万の老兵のみでロシア軍が守る清河城の前に展開するロシア軍に攻撃を開始したのであった。
23日に期待していた精鋭の第11師団は予定より早く戦場に到着して清河城を合流して攻めることになった。
鴨緑江軍は満州軍参謀の松川敏胤から「かも」と呼ばれて馬鹿にされていた老兵による軍であったがなんと第11師団との合流によりわずか4日間の戦闘でロシアの大軍が守る清河城を占領することに成功したのである。
この急報に飛び上がったのがクロパトキン将軍である。
彼は難攻不落の旅順要塞を落した乃木の第3軍を異様に警戒していた。
しかもその兵の数も3倍強の10万と勝手に誤認していた。
かつて第3軍に属していた第11師団によって清河城の落城を聞いたクロパトキン将軍は「東部戦線にあの乃木が来た!」と慌てた。
そして、この方面への手当てとして日本側の戦力に大して過大な戦力を向けてきたのである。
このころ本物の乃木は疲れた兵士を叱咤して強行軍ののちにやっと戦線の一番西側に到着していた。
清河城の落城を聞いた乃木は27日に逆側の一番西側方面で彼の意思で戦闘を開始する。
この時の第3軍の兵力はわずか3万4000名であった。
この「本物乃木」の戦闘開始でまたもやクロパトキン将軍は狼狽し、さきほど東に増援に行かせた兵士を逆の西側に増援させたのである。このあたりはまるでサッカーのクロスプレーで右往左往するゴールキーパーのようであった。
源太郎の考えた鶴の羽を伸ばした様子から呼ばれた「両翼の躍進作戦」が東の鴨緑江軍、西の第3軍によって開始されたのである。
現太郎は両翼を広げて36万のロシア軍を包囲して中央軍を躍進させて奉天の敵司令部を陥落させようと目論んだ。
ここで奉天を中心として東からの日本陸軍の布陣を示しておく。
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東
鴨緑江軍 (含む第11師団)
第1軍
第4軍
第2軍
第3軍 (含む秋山支隊)
西
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旅順から行軍を重ねて駆けつけた乃木の第三軍は一番西側に位置する場所で戦闘を始め、
一番機動力を有する秋山好古率いる第一騎兵旅団もこの第三軍の中に位置づけられた。
さてここまでのロシア側である。
先の黒溝台の戦闘で自分の動きに呼応しなかったクロパトキン将軍に裏切られたと感じたグルッペンベルク将軍は憤慨して辞表を叩きつけて首都サンクトペテルブルグに帰っていった。
クロパトキン将軍はグルッペンベルグ将軍がいなくなったあともう一度手薄と判断した日本陸軍の西側を狙う作戦を立てた。クロパトキンとしてはこの成功率が高い作戦をグルッペンベルグによって勝利されると困ったからであり今回は自分で同じ作戦をやってみようと考えたのである。
この同じ軍内での出世競争という矮小な考え方が後の世界史を変えたといっても過言ではない。
しかし鴨緑江軍が一番火東端にあった戦線で有利な戦いぶりを展開するので最初に考えた作戦を断念して西ではなく東に大軍を集結させた。
しかし前述したように遅れてやってきた乃木の正規軍が西側に布陣を固めたという情報に接して今度は逆に西側を厚く手当をした。
大軍の配置転換は口で言うほどやさしいものではない。
事実この会戦中に移動のために左右に振り回された最強といわれたロシア第一軍は会戦終了まで移動だけで一度も戦闘に参加できなかったのである。
この辺りがクロパトキンの悪い癖で、名将であるがゆえに相手の攻撃に対して機敏に反応しすぎるきらいがあったのである。
すなわち自主的に攻撃を選ぶのではなく相手側の出方によって一喜一憂しては自軍の配置転換をして安心するタイプの将軍であった。
今になって考えてみるとクロパトキン将軍というのはロシアの敗北を確定させるために日本陸軍が雇ったような将軍であった。
奉天会戦 1905年2月21日-3月10日
指揮官
日本側 大山巌
ロシア側 アレクセイ・クロパトキン
戦力
日本側 約240,000人
ロシア側約360,000人
損害
日本側 死者15,892人
負傷者59,612人
ロシア側 死者8,705人
負傷者51,438人
行方不明28,209人
(うち捕虜約22,000人)
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