第33話 そこから旅順は見えるか!
そこから旅順は見えるか!
おそらく日露戦争で陸軍の中では一番の名文句ではないだろうか?
もちろん海軍の方はバルチック艦隊を見つけた信濃丸の「敵艦見ゆ!」である。
双方ストレスが最大限にわたって溜まっていたときに発せられた名言であると筆者は思う。
源太郎は「そこから旅順は見えるか!」というたった一言を言いたいがためにわざわざ満州の煙台の司令部を抜け出して旅順まで行ったのである。
そういう意味では現太郎は今までの彼の欲求をこの一言とその後に続いた観測員の「見えます!旅順港が丸見えです!」の言葉によって満足させたであろうと推測する。
まさしく旅順の皿回しの皿がズリ落ちそうな状況から皿が固定された瞬間である。
しかし実際は源太郎が旅順に来なくても「乃木の実力で旅順203高地はそのまま落ちていたのではないか?」という理論が一方である。
はたしてどうであろうか?
確かに歴史にIFは禁句であるが、例えて言うなら42キロのマラソンで40キロまで乃木が走ってわずか残り2 km を源太郎が「よく走ったな、あとは俺に代われ」と言って美味しいところで手柄を横取りしたようなことではないであろうか。
色々な方面から資料を読み解いていくと確かに203高地の攻撃を決断したのは現太郎ではなく乃木であった。
しかしこのころは連敗に次ぐ連敗で実際に負けが続いていた第3軍に対して全くいい作戦が浮かばなかったのは事実である。
ここに至って「貧すれば鈍す」の参謀連中に軍の規律を犯してでも新鮮な激しい電流を走らせたのは紛れもなく源太郎である。
このことだけは百歩譲っても間違いのないことである。
であるから確かに乃木は40 km 走っていたとはいえ残りの2 kmは源太郎無しでは完走できていなかったのではないかと考えるのである。
日露戦後にわかった話であるが当時のロシア軍側の資料によると、このころの重砲陣地からの攻撃によって旅順市街に落ちた砲弾の威力でかなりの犠牲者が出ていたことも確かであるしロシア側が厭戦気分が蔓延していたことも確かである。そのまま砲撃を続けていたらロシア側は源太郎が来ようと来まいと降伏していたという理論もある。
しかしこれは「結果論」であり双方カードを伏せて戦っていたので知る由もないことであった。
この時期に乃木希典が源太郎が旅順に来て一つだけ心情的に助かったことがある。
このことだけは恐らく間違いないことであろう
長州の同郷で戊辰戦争以来、銃弾の嵐を一緒に潜ってきた旧知の中である源太郎が来てくれたということが乃木希典にとってはどれだけ心が癒されたことであろう。
乃木とっては源太郎が来て開口一番、参謀達に自分が言いにくいことを言ってくれたしその結果二百三高地を早い段階で落とせて間接射撃によって旅順港に対して砲撃ができるということは願ってもないことであった
源太郎もその辺りの「少し悪いことをしたな」ということはよく分かっていたと思う。
自分が無理やり取り上げた指揮権によって第三軍は奮い立ったことは事実であるがその一方で司令官である乃木の面目を丸つぶれにしてしまったのはまぎれもなく自分であるということはよく分かっていた。
であるから最後に源太郎は203高地占領後、「後は残敵掃討だ」と言いつつ最後の仕上げのところだけは乃木に任せたのである。
いわゆる戦闘の「一番おいしいところ」を非礼を尽くした同郷の乃木に甘んじて差し上げたのである。
任せた後は自分は最初から必要のない人間という態度を取って全部乃木のやったことにしてさっさと満州の地に帰っていったのである。
このあたりが武人として実にすがすがしい。
しかも満州の煙台に帰る最後の夜には乃木が一番得意とする「漢詩の会」をやっている。
逆に源太郎は漢詩はあまり得意ではないが、あえて自分の得意でないフィールドに乃木を誘ってその中で乃木の歌った漢詩を最大限に評価を上げることによって「乃木よ悪かったな」という気持ちを表現したのであった。
そういう意味では源太郎は乃木の武人としてのストイックさを非常に評価しており旅順という亀のように閉じこもったロシア軍に対して何万という犠牲を出しながらも愚直に命令を遂行したことに非常に尊敬を感じていたと思う。
また逆に乃木はそういう源太郎を理解していたと思う。
乃木の作った有名な漢詩である。
爾靈山(203高地)
爾靈山嶮豈攀難
(爾霊山は嶮なれども豈攀難からんや)
男子功名期克艱
(男子の功名克艱を期す)
鐵血覆山山形改
(鉄血山を覆いて山形改まる)
萬人齊仰爾靈山
(万人斉しく仰ぐ爾霊山)
訳
二〇三高地は難攻不落といわれているがどうして攻め上れないことがあろうか
男子たるもの功名を為すには艱難辛苦を打破しなけらばならない
たくさんの兵士たちの熱血で山の形も変わるかと思われるほどであった
世人は永遠に爾霊山を仰いで尊い英霊を弔うであろう
戦後「戦略の児玉、戦闘の乃木」と言い換えてもいいような二人の関係であったがお互いの性格を熟知して尊敬を通り越して敬愛していたと考えるのが妥当であろう。
わざと乃木の得意分野で勝負して負けてやることで顔をつぶした乃木の溜飲を下げさせてやった児玉の配慮である。
乃木の性格は与えられた任務を犠牲を省みずに愚直に遂行するというところに良さがありまた国民も彼を現太郎よりも英雄視したのであった。
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