第11話 乃木と児玉 2

激しかった西南戦争から3年後には、二人はまた「ご近所さん」の関係になるのである。



乃木希典は東京歩兵連隊の第一連隊(駐屯地は習志野)の歩兵大佐、児玉は第二連隊(佐倉)歩兵中佐で、二人とも「連隊長」と言う肩書きで赴任することになる。


隣同士の連隊に同時期に赴任するとはまさに奇遇であった。


時代は日清戦争を前にした平和な5年間を二人は「連隊長」という肩書で合同演習という形で合間見えるのであった。


事実、お互い同じ東京歩兵連隊で近い駐屯地ということもあり両連隊はよく合同演習を行ったと記されている。


しかし、その演習結果はいつも源太郎の「勝ち」という表現では足らないくらいに「一方的な児玉連隊の圧勝」であったようである。


この時期の源太郎の圧勝を物語るエピソードが残っている。


千葉県佐倉市にある野外演習場にて二人が率いる両連隊の対抗模擬演習が始まった。


源太郎は、演習が始まると乃木大佐の第一連隊の動き方から見て、乃木の特異な両翼攻撃の意図があると瞬時に判断したのである。


そこで源太郎は自分の配下の第二連隊を軽快に素早く展開し、隊形を両翼攻撃の中央を衝く縦隊に変え、今まさに両の腕を広げたように包囲しようと展開を完了した。


わかりやすく例えるなら、薄く伸ばした餃子の皮の中央を串で刺すような攻撃方法である。


そして目論見通り第一連隊の中央に突進し分断し、その後逆包囲してこの模擬戦を瞬時に勝ち取ったのだ。


当時の陸軍の兵法は相手を「いかに包囲するか」に勝利の力点が置かれていた。


事実、後日の奉天会戦も日本とロシア、どちらが包囲するかの戦いであった。


瞬時に勝ちを収めた模擬戦闘を終えて馬を進めつつ、馬上で首筋の蚊をたたきながら源太郎は傍らの部下に、「しかし乃木はいくさが下手だ」と大笑いしたという。


幾たびか同じような模擬演習を両連隊は行ったようであるが確かに乃木の戦積は、圧倒的に勝利が少なかったという。


相性が悪かったのか本当に乃木が弱かったのかは定かではない。


しかし確実に言えることは源太郎に「もし実戦で乃木が困ったらワシが支えてやらないといかんな」と思ったことは確かであろう。


このことにより源太郎率いる第二連隊の士気は大いに鼓舞されたというから、まさに源太郎にとって乃木の第一連隊は格好の「噛ませ犬」状態であった。



その結果、当時軍人の間では、二人の対抗演習の結果が話題になり巷には

「気転利かしたあの野狐を、六分の小玉にしてやられ」

という流行歌までできたほどである。


この歌の意味は、「気転(きてん)は「希典」で乃木の名前の音読み、野狐(のぎつね)は「乃木」のことで、六分は「一寸に満たない」つまり「身長の小さな」で小玉は「児玉」のことだった。


この歌が流行ることにより一層源太郎の戦術の強さと、乃木の同じ作戦ばかり行う愚直さが世間に広まるようになっていったのである。


さぞや乃木と第一連隊にとっては大迷惑な歌であったことであろう。


時流は二人を平和のままの中には置くことを許されなくなっていた。


日清間で開戦のムードが高まっていき戦の下手な乃木は仙台師団の師団長になり常勝の源太郎は、皮肉にも戦争の後方支援を行う「内務省衛生局」に配属された。



日清戦争では乃木は明治27年(1894年)8月1日大山巌が率いる第2軍の下で出征し、10年後に苦戦を強いられることになった旅順要塞をわずか一日の戦闘で陥落させるという快挙を行い軍内での評価は今までの「負け将軍」の汚名を返上するに余りある働きを見せた。


後日、「旅順を一日で陥落させたこと」が大いに日本に災いするのであるが、当然まだ乃木は知らない。


一方源太郎は戦雲の中には身をおかず大本営が移転されて急遽日本の首都になった広島の似島(にしま)で大陸から凱旋する23万人の将兵の疫病対策を後藤信平と行うという「地味」な裏方作業に徹したのである。


おそらく23万人の中に乃木とその部隊も当然含まれているので日清戦争時の2人の関係は「検疫をする側」と「検疫を受ける側」という関係にとどまる。

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