第8話 不平士族の乱 神風連の乱
神風連の乱
正直佐賀の乱ではあまり芳しい働きを見せずにあまつさえ一時は命にかかわるような負傷を負ってしまった源太郎ではあるが次に熊本で起こった陣風連の乱こそが名実ともに彼を陸軍世界の中でスターとして華々しくデビューを飾る出来事であった。
そもそも神風連とはどういう組織であろうか?
他の不平士族の反乱はその土地の名前を冠しているのに神風連の乱だけは首謀者の組織名を使っているのはなぜであろうか?
他の反乱と同じ表現方法を使えば場所的に言えば「熊本の乱」となるが後の西南戦争(この戦いも主戦場が熊本が舞台であった)と区別する理由がひとつ考えられる。
もうひとつの理由は首謀者が旧肥後藩士によってつくられた敬神党という神道と天皇を崇拝する集団で構成員の多くは武士の職を辞めた後に神職についているものが多かったので単純に「不平武士の反乱」と画されるようになったといえる。
この敬神党が神道への信仰心が強いあまりに熊本市民からは「神風連」と呼ばれていたのである。
彼らは極端に近代兵器を含む西洋文化を拒み日本刀での切り込みのみの戦闘方法を用いていたので本来であれば近代陸軍の敵ではなかったのであるが夜半の奇襲戦法で仕掛けてきたのであった。
余談ではあるが戦後の三島由紀夫はこの神風連のストイックさに強い関心を持ち彼の最後の作品「豊饒の海」の題材にしたとされている。
1876年(明治9年)10月24日深夜、神風連が各隊に分かれて、熊本鎮台司令官種田政明宅と熊本県令安岡良亮宅を日本刀を下げて襲撃し、種田・安岡ほか県庁役人4名を殺害した。
その後、各隊が終結して全員で政府軍の熊本鎮台(熊本城)を襲撃し、城内にいた兵士らを次々と殺害し、砲兵営を制圧した。
しかし翌朝になると、政府軍側では琉球出張中と思われて難を逃れた児玉源太郎は従僕一人を従えて種田司令官の家に駆けつけると、すでに種田は殺害されており、かろうじて難を逃れ生き延びた河島書記ら2,3人があまりの急な出来事のために狼狽して「熊本鎮台に引き返し、城を枕に討ち死にしよう」と主張していた。
ところが沈着冷静な源太郎はこれを制止し、「そんなに騒いでも何にもならないから、まずは前後の策を講じるのが第一だ」と言うと、河島に「兵は今夜鎮台を襲った賊を討伐すべし。
司令官種田少将は健在なり。
この命令を受領した隊は直ちに護衛兵を送るべし」との命令書を持たせて鎮台に向かわせたのである。
まずは敵の奇襲により動揺していた現場のパニックを抑えることを重点に置いたのであった。
その報を受けた小川又次(当時第三大隊長)の部隊が到着すると、児玉はその部隊を率いて熊本城に入城し、その指揮下で態勢を立て直し、近代兵器を使って本格的な反撃を開始すると日本刀しか持たない神風連は短時間で膠着状態に落ちいったのである。
その結果神風連側の参謀格であった加屋・斎藤らは銃撃を受け死亡し、首謀者の太田黒も銃撃を受けて重傷を負い、付近の民家に避難したのち自刃した。指導者を失ったことで、他の者も退却し、多くが自刃した。
源太郎は現場に反乱鎮圧の指示をすると同時に東京の大山巌にも電信で緊急事態の発生と援軍の要請を打電していたが大山が熊本に到着する前には戦闘の帰趨はほぼついており鎮圧も時間の問題であったと言われている。
この戦闘により敬神党側の死者・自刃者は、計124名。
残りの約50名は捕縛され、一部は斬首された。
政府軍側の死者は約60名、負傷者約200名にのぼった。
しかし総勢170名弱のメンバーだけでしかも日本刀のみで近代陸軍に対してよく戦いを挑んだものである。
ここで特筆されることはまず源太郎の「運のよさ」であろう。
「運も実力のうち」とよく言われるが稀代の名将と称される人達はその頭脳・技量もさることながら他のものをよせつけない「強運」を味方につけていた。
熊本鎮台の実質ナンバー2であった源太郎は数日前に琉球の偵察を命じられていたのであるが実際には行っていなかったのである。
このことから幸運にも襲撃側のリストから漏れる結果となり命を救われたばかりか千載一遇の「巻き返しのチャンス」を手にしたのであった。
夜間とはいえ敵の戦力と武装の貧弱さを瞬時に見抜き、冷静に判断してトップを失った指揮系統を元に戻して反撃に転じた源太郎の行動力は誰もが賛辞を惜しまなかった。
当時若干28歳の源太郎に対して信頼がいかに厚かったかがわかるエピソードがある。
当時東京にいた山県有朋は反乱の報告を受けて一時驚いたが、「なーに、心配はいらぬ。あの児玉が生きているから大丈夫だ」と言い落ち着いていたという。
ただ勝利で終わったこの戦闘で与倉知実が寝込みを襲われた際に着の身着のまま自宅を脱出しなければならなかったために部屋においていた連隊旗を神風連に奪われてしまうというキズが残ってしまった。
このあとの西南戦争でも乃木希典が戦闘中に連隊旗を奪われる事件が発生したが熊本という土地と連隊旗紛失に何か因縁を感じる次第である。
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