第2話 目が覚めたらそこは

―――最近、空を見てないなと思った。


 俺はいつも図面とか液晶を見ていて。

 それが済めば、誰かの顔を伺って、酒の色を見る。


 次第に時間が経つたびに自分が何者か分からなくなっていって、目を覚ますたびに重い体と不快活な体調を抱えて、仕事へと向かう。


 そしたら、同じように生活をして。お酒に沈んで、回らない頭はタバコに頼る。


 俺は何かと毎日あくせくと生きていた。


 それでも、俺はその生活が嫌いではなかった。


―――ただ、今日。


 固い土の上で寝そべり、吐いた後のような真っ青な空を見ていると、感無量を覚えた。綺麗だなぁ。


『目を覚ましたか』


 どこかから声が聞こえる。


 おいおい、俺の鑑賞タイムを邪魔するんじゃねぇよ。無視だ、無視。


 俺はなりふりまわずに空を見続ける。

 おいおい、綺麗だなぁ。飲み込まれていきそうだ。


 ―――しかし、空は暗転する。


「ん?」


 上からは大きな影が。なんだなんだと目を凝らすと―――車輪が見える。


「うぉおーーーい! 車‼」


 正体に気づき、俺はすぐさま右へと転がる。


 ―――ドウゥウウン!


 その轟音は俺の耳裏で響き、振り返り左足を見ると、もうほぼ踏みつぶされるスレスレのラインだった。


 危ねぇぇええ! チョー危ねぇぇえよまじで!


「なになに、今日は車予報⁉」


 バッと体を起こし、車体を眺める。

 すると、俺の目はヘッドランプの目と合った。


「……えっ、ライフちゃん?」


 幼馴染との再会のような雰囲気を醸し出しているが、違う。これは車種の名前を言っただけだ。


「えっ、えっ」


 一応、気になり、車の内装を見る。


 簡素で、何も飾っていない中。

 しかし、助手席には猫のクッション……。

 ま、まさかこれ。


「お、俺の車じゃん……」


 えぇ、俺のライフステップバンだよこれぇ。


 上から降ってきたよぉ、おい。

 ボルボじゃねぇんだから……。耐久力ないよ、この車……。型も古いし……。


 しかし、外装を見たところ、どの部品も飛んでいないみたいだ。

 まじか、俺のライフちゃん強すぎ。


『―――おい、タバコ野郎』


 良かったぁ~! と、ライフの青い肌に頬ずりをしていると今度ははっきりと声がした。


 俺は気になり、ウロチョロとあたりを見渡すが、誰もいない。


 そういえば、ここはどこだ。

 じめじめとした森の中みたいで、なんだか気味悪い。


 ってか、俺は何をしてたんだっけ。


 確か、天使(悪魔)ちゃんにミゾパン喰らって、それで……。

 目が覚めたら、ここに。


『おい、タバコ野郎!』


「は、はい!」


 大音量が耳の中で響き、俺はびしっと姿勢を正した。

 どこから声が聞こえてるんだ。


『今からお前に仕事を与える』


「は、はぁ」


 そういや、あの白い部屋で仕事を与えるとか言ってたけど、俺にはエンジニアの仕事が……。


 ……いや、待て。俺は死んだって言われたんだよな。

 そう、死んだ。寝ゲロで? 寝ゲロで。


 で、天界だの行って、仕事を与えるって言われて、殴られて、目が覚めたらここにいて―――。


 あれ、これってまさか。

 最近、映画館で見に行ったやつじゃあ。

 タイトルなんだっけ、ほら。

『死んで生まれ変わったんだけど、責任取って嫁にしてよね。離婚の際は慰謝料ふん食ってやるんだから!』

 確か、こんな感じのタイトルだった。


 ―――要は異世界転生。


「まじか……」


 いや、そんなはずはない。

 人は死ねば無になるか、カナレスに魂が運ばれて、輪廻転生するのだ。


 だから、そんなはずはない。

 

 ―――そう、ここは富士の樹海だろう。

 空からマイカーが落ちてきたのはきっと竜巻でもあったのだ。

 俺のライフちゃんは地元で結構、体重が軽いことで有名だったし。


 じゃあ、幻聴は?

 あー、これは酒の飲みすぎだ。

 酒を飲みすぎたら、幻聴ってよくあるよね!

 えっ、ない? いや、さすがにないか。


 気づけば、毎日鉛のように重かった体の調子がめっちゃいいのは?

 ぐっすり寝たからだな。うん、結構寝てたからだと思うんだ。


 えーっと、じゃあ―――。


 しばらく、現実逃避というか自分自身のことで混乱していると、耳にため息をする声が聞こえた。

 

 そして、仕方ねぇなという声と共に、頭の中がふわっとし、軽くなった気がした。


「あれ、今何をされたんだ?」


 なんかどうでもいいことですごい悩んでいたような気が。

 なんだっけか。んー、忘れたな。


『今、お前の記憶をあたしが一部消去したんだ。もちろん、自我が崩壊しないレベルでな』


 えっ、記憶を消されたの?

 でも、好きな酒の名前もタバコの名前も初恋の女の子の名前も好きな馬の名前も覚えてるぞ。


『だから、一部って言ってるだろ。お前のめんどくさい記憶部分を消したんだ。ったく、お前みたいなやつは初めてだ』 


 腹を立たせている天使(初めてを頂きました)さんの声が聞こえる。

 なるほど、めんどくさい記憶が消去されたのか。

 っと言っても、俺がめんどくさい記憶を保持しているなんてのはあり得ない気がするんですけどね。

 なにせ、俺は―――。


『あぁーー‼ もういいからさっさとあたしの話を聞けぇやぁ‼‼』


 はい、すいません……。


『とりあえず、車の中に入って、ダッシュボードを開けろ』


 また怒られるのも嫌なので、颯爽にドアを開け、助手席に設けられたダッシュボードを開ける。

 中は仕事の書類だとかで敷詰まっているのかと思っていたが、どうやらポケットサイズの手帳と小さなボトル、そして小袋のみだった。


『その中にある品を全部取って、車から出ろ』


 俺は言われた通りに、三品を手に持ち、車から出る。


『いいか、今からお前には「記録屋」という仕事をやってもらう。業務内容としては簡単だ。これから、ナビの方向が示す国に行って、調査をするだけだ。ある程度の内容は手帳の1ページ目を見ればわかる』


 天使(マジ天使)さんの言ったとおりに、1ページ目を開くと、色々と項目が書いてあった。これは後で、しっかりと読むか。

 で、次が次が……。


『次に、その小さなボトルだ。それは旅の最低限の道具で、そこから無限に水が湧き出る。そして、その小袋。それは乾パン袋だ。ボトルと一緒で、無限に乾パンが湧いてくるぞ』


 おぉ、すげぇ! 水飲み放題じゃん! さらに、乾パン食べ放題! ふぅう‼


 …………それから?


『以上だ』


 ちょっと待て。さすがに道具が少なすぎる。

 お酒製造機は? 無限タバコ装置は? マルハンは? 競馬場は? キャバクラは? 


『んなもんねぇよ』


 ぶぇえええ‼ そりゃあないですよ‼

 どうやって生きろって言うんですか‼‼‼


『んなもんなくても、生きれるだろ……』


 呆れた天使(鬼)の声が聞こえる。


 いやいや! 生きがいなくしてどう生きろって言うんです! 酸素なしでは俺だって、さすがに生きることができないですよ!


『こいつほんと俗にまみれてんだなぁ……』


 もはや呆れを通り越した何かだった。


 ど、どうしよ。欠けを感じたら、右手の痙攣が止まらんくなってきた。

 か、解決策を……。


 あっ、そうだ!!


 天使様! ついでに俺の記憶の中からお酒とかたばこの記憶消してもらえます? そしたら、なんとかやっていけると思います!


『それは無理だな』


 えっ、なんでですか?


『お前の娯楽は記憶にべったりへばりついてるからだ』 


 え、えぇぇ……。


 なに、記憶にべったりへばりついてるって……。

 俺の娯楽思い出はくっつき虫か何か?


『ただまぁ、博打類の中毒ならギリ、デトックス程度ならできると思うがな』


 えぇ、じゃあ、はい。まぁ、お願いします……。


『……わかった』


 その言葉と共に―――ふわりと体が軽くなる。


 おっ、なんかパチンコに行きたい気持ちが薄らいできたぞ?

 なんで、あんな金吸収機に俺は何十万も注いできたんだろうか……。


『さ、これでいいか?』


 タ、タバコは?


 はぁー、と息を吐く天使(耳がこそばゆい)さん。


『お前の胸ポケットにタバコあんだろ。それも減らんようになった』


 うわー! 流石です天使様! 天使様マジ天使様!


 天使様! お酒は????


『稼いで、買え‼』


 プツゥンと連絡路が切れた気がした。


 お、おぉおおい天使さん。

 返事がない。タバコのようだ(何を言ってるのか)。


「えーっと、酒は稼いで買えって言ってたよな」


 けど、稼ぐってどうやって稼ぐんだろうか。


 ……もしや、記録屋という仕事でだろうか。


 ―――きっとそうだろう。


 俺は手元にある手帳を開く。


 そこにはこんなことが書かれてあった。



      ―――記録屋としての役割―――

 記録屋は各々の世界や国を回り、記録することを職とする。


 1. 記録屋は訪れた世界や国で調査を行い、訪問先の状況を手帳に記録する。

2. 主に資源、環境、文化、国民性の内容を記すことを命じる。

 3. 内戦や内政混乱、戦争状態においてはその原因を探ることを命じる。

 4. 誤能力者(1)を見つけ次第、手帳に記すことで通告すること。

 5.報酬は一国毎の記録により受け渡される。


 誤能力者(1)……誤った天命により得た能力者の事を指す。見分け方としては、役職が異様であったり、明らかなパワーバランスの崩壊などに着目することである。


      ―――記録屋の心得―――

  記録屋は注意すべき点がいくつかある。


 1. 記録屋は職業を明かしてはならない。

 2. 記録屋の証明書は手帳となっており、もし失効した場合、役職を罷免となるため、予めに最終ページに書かれた鎖魔法で『身体固定』をしておくことを薦める。

 3. 記録屋は各々の世界や国の住民と文化面において干渉してはならない。

 4. 記録屋は他の役職に移り変わることはできない。


「ははぁ、なるほどなるほど」


 記録屋って名前の通り、記録する仕事なんだなぁ。

 なんだか楽しそうな職である。

 あれ、そういや、以前の俺ってなんの仕事をやっていたんだか。

 ―――あっ、天使が消したって言ってたんだっけ。

 忘れたな。まぁ、いいや。


 俺はとりあえず、手帳の最終ページを見開く。

 そのページには大きな紋章が上半分を占めており、その下には鎖魔法の発動方法が書かれてあった。


「なになに、本ページの鎖魔法は一度きりの使用のみ可であり……。この魔法により、アルプと口すれば、手帳はいつでも手元に寄せることができると」


 あぁ、なるほど、記録屋は手帳を失効したら役職を失うものな。

 掏られて、他人も鎖魔法なんか使えたら、たまったもんじゃないから、一度きりの魔法なのか。

 にしても、便利な魔法だこと。


 俺は手順に従い、動作を進めていく。

 難しいことは一つもなく、あっと言う間に書かれてある手順をこなし―――すると、手帳は薄い光に包まれた。


「これで終わったのか?」


 最終ページを覗くと、既に紋章や文字が消えており、まっさらになっていた。


 ははぁ、これで身体固定? だの使えるようになったのかな?


 俺は試しに思いっきり、手帳を明後日の方向に投げ飛ばす。

 手帳はバサバサと、不器用な雛鳥のように羽ばたくと、大木の元の芝生に落ちた。


 はて、ここから。


「アルプ」


 すると、手帳は飛ばした過程と同じ道を辿り、手元に戻ってきた。


 うぉお! すげぇ!


 はたまた、飛ばす。


 そして、アルプ。


 また、飛ばす。


 アルプ。


 あぁ、俺はいつか犬を飼ってみたかったんだ。ちゃんと躾けて、フリスビーを投げてさ。手元に戻しに来てほしかったんだよな……。


 また、手帳を宙に飛ばす。


 そして、その手帳は言葉と共に手元に戻る。


 あぁ! 手帳に、お前に名前を付けよう!

 なんてつけてやろうか!


 ―――が。

 四度目辺り手元に戻ってきた時点で、俺は手帳投げに飽きたので命名はやめておいた。手帳に名前つけるとか馬鹿じゃねぇの?


 はて、手帳管理も終わったわけだし。

 なにやら、手帳のデザインかと思えば、ペンだったことに気づいたわけだし。

 仕事をしますか。


 ―――で、移動は車でいいんだよな?

 うん、いいはずだ。だって天使ちゃんは確かナビの示す方向にって言ってたし。


 そうとなれば、早速、ライフちゃんをお触りしてやらねばならない。

 最近、ガールズバーに行くたびに、お触り厳禁だったので、久々の解放だ。

 ぐへへ、可愛がってあげるよぉ、ライフちゃぁん。


       俺さん、ここで舌を舐めまわす動作をする。


 はて、茶番は差し置いて、早速行きますかね。


 ライフちゃんには既に鍵が刺さってある。鍵には手作りのキーホルダーが。

 

 俺は鍵を捻り、エンジンを唸らせる。


 キュキュルゥー! と、弱々しい音が社内全体に響く。


 うん、いつでも止まりそう!


 まぁ、でも。大丈夫だろ。

 ライフちゃんは天空から落ちても、無傷だし。

 きっと、なにやら補正でもされているんだ。


 ―――車内の匂い。ハンドルの堅さ。

 

 俺は一目瞑って、車を走らせた。


 搭載ナビは真っすぐの方向を指し示す。


 ―――揺れる車体。安定せぬ腐葉土の道。


 俺はオーディオの録音を流しながら、行先の国で酒が飲めるのかを考えた。


 


 

 


 

 


  

  


 


 

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異世界浪漫紀行 人新 @denpa322

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