異世界浪漫紀行

人新

第1話 始まりは酔いの後で

 

 ―――意識を失うことが度々ある。


 例えば、飲み会、金曜夜の自宅、祝日前の夜、夏季休暇の間。


 ……まぁ、酒類でしか意識を失ったことはないけど。


 というか、気を失うほど酒を飲むってやばいんですけどね。


 肝臓さんもよくよく泣いてましたね。

「シラフでいてくれ」って。


 最近だと、胃くんもよくよく怒ってましたね。

「お前、胃酸ポンプかなんかなの?」って。


 いや、ほんとすいませんね。酒はやめれないんですよ。

 特に、仕事終わりのね。


 あれより美味い飲み物あんの?


 まぁ、けど俺にも当然危機感って言うのもあって。

 この間、そろそろやばいなって思って、敢えてソフトドリンク呑んだんですよ。


 そしたら、甘いのよ。

 砂糖入れすぎだろ、糖尿病になるわ! ってつい叫んじゃいましたよ。

 あと、この飲み物にアルコールは言ってねぇーじゃん! って言っちゃいましたよ。ソフトドリンク呑んでるって知ってるのにね。


 さすがに、やばい生活だった。

 そりゃあ、白と黒の境目を歩いてましたよ。


 ほとんど絶望の黒にまで傾いてましたよ。


 っていうか、現に黒に入り込んでますよ、これ。


 ―――だって。


「ここどこだよ」


 意識がはっきりしてから、酒のことを考えていたけど、ここどこだ。

 あまりにも暗すぎて、寝てたのかと思ったわ。


 ふむぅ、全く見えん。


 一応、手探りで手をそこらウロチョロさせてみるが、何も掴めない。


「暗所恐怖所なんですけど、俺……」


 さすがに、最初の十分ぐらいは耐えきれたけど、それ以降になると段々ときつくなってきた。あっ、暗所恐怖症は今患いました。


 はぁー。と息を吐いて。一度、寝そべってみる。

 吐いた息は鼻のあたりで充満する。


「うーむ。息の匂いがハイボール」


 けど、この風味だけじゃあ、一時間ぐらいしか潰せねぇぞ。

 って、そこじゃないか。


 ―――そういえば


 ふと冷静になって、記憶を掘り返してみると。

 大学時代のなんやらの実験の内容を思い出した。


 確か、情報のない世界に人を放り込むと、人はすぐに廃人になるんだっけな。


 そうそう、確かそうだったはず。

 俺も学生時代に卒論で、これを基盤にして、教授を被検体にしてやろうって思ったんだっけ……。

 あはは、さすがにそれは嘘ですよ。いやほんとですよ。


 ってか、問題はそこじゃないんだ……。


「は、はよ出してくれぇーーーーー!」


 実験内容の結果を思い出すと、体中が震えあがった。


 待て待て。このままでは俺が廃人になってしまう!

 ほとんど廃人みたいな生活送ってるけど、まじの廃人になってしまう!


 まだ、もらったピース缶消費しきれてねぇんだよ!

 家に眠ってる五年物ワインが半分しか減ってねぇんだよ!

 まだ、無理難題な契約してくる営業部署の山本をぶん殴ってねぇんだよ!


 胸中の思いを吐露していると、気持ちが幾分楽になった。

 体中から毒素が出た感じ。わぁ、美爽煌茶みたい!


「じゃない! 早く出してくださぁーーーーい!」


 つい限界までの声量を上げると。

 ―――パッと辺りが一気に輝いた。


 あまりの眩しさに俺は腕で目をかざす。

 しかし、既に目にかなりの光の量が入り込んでいて、目を開けども、視界が安定しない。


 ―――何度か目を瞬かせ、ようやく自分の手の肌色を確認できるようになると、俺はバッと前方に目を向けた。


 ―――すると、そこには白衣の。天使のような。


 いや、まさしく天使か。体躯の小さい聖女のような少女がいた。


「おっ、そろそろ交代の時期か」


 少女は偉そうな口調で、俺を一望して微笑んだ。


 その時の俺は何が何かわかってない顔をしているはずだ。


「えっと、ここはどこで?」


 俺はつい耐え切れず口を開いた。


 少女は俺の言葉を聞いて、腕を組んだ。


「ここは天界だな。正確に言うと、天界第七部門二-六-八」


 ははぁ、何言ってるんだこの子は。

 つい俺も不規則な生活で、頭がいかれたか。

 そういえば、脳さんも「お前、人生降りろ」ってよく言ってましたね。


 よし、こういう時は煙草を吸うにかぎる。


 確か、胸ポッケの方に……。


 俺は胸ポッケ辺りを触れると、そこには四方形の柔らかい箱とライターが。


「良かった良かった」


 俺は目前の天使(仮)を差し置いて、煙草に火をつけ、口にくわえ。

 ―――美味しい一服を……。


「ここで煙草を吸うなぁ!」


「ブベボッソ⁉」


 突如、鳩尾に来る衝撃。

 思わず、口から煙草を落としてしまう。


 ちょ、ちょっと待って。

 幻に殴られたよ、今、幻に殴られたよ。


「ここで俗物を吸うんじゃねぇよ、おおぉん?」


 天使(仮)は落ちた煙草を拾い、地につけた俺の手のひらに根性焼きをする。


「どうあーっちっ!」


 一気に目が覚めた。レッドブルとウイスキーのミックスぐらい目が覚めた。


 そして、記憶がはっきりしてくる。


 そうだ、ここはS嬢専門の風俗店だ! 

 俺ってば、いつの間にかこんな指名をしていたのか。

 あっ、そうだそうだ!

 確か、M気だと社会は生きやすいって言う同僚の言葉を聞いて、Mになろうとしたんだ!


「そうだった、そうだったなぁ」


 ふとそう感じると、安堵を覚える。

 最初のも暗所プレイだったんですね。これで謎は解けた。


「ささ、次は鞭打ちですか? 水責めですか?」


 俺はニコニコしながら、焼かれた手をさすり、天使(嬢)に笑顔を向ける。


「お前、何言ってんだ……」


 俺の顔に天使(嬢)はドン引きしていたが、これも見下すというプレイの一種なのだろう。中々にレベルが高い。


 にしても、中々に奥行きの感じない真っ白な部屋ですね。

 あれですか? 白責めってやつですか? 

 こんなんじゃあ、俺の身に応えませんよ。


 天使(嬢)はしばらく俺を見て、キショイと言わんばかりに距離をとっていたが、次第に見慣れたのか気にせず、ゴホンと咳払いした。


「あー、黙って聞け。今からお前にだな。天からによって、仕事を与えることになっている」


「仕事プレイですか?」


「プレイじゃない。仕事だ」


「うちは兼業禁止なんですけど」


「あー、もう、それは前職の話な。お前は今から、新しい仕事をする、オッケー?」


「うちは退職するのが難しいって話題の会社なんですよ」


「いいから黙って聞けやぁぁ!」


「ブベボッソ⁉」


 繰り出される鳩尾パンチ。

 そして、出ました、本日二度目の『ブベボッソ⁉』。

 もう鳩尾が死にそうです。

 ……やっぱり俺はMに向いてないと思います。


 ってか、今更なんだけど。ここどこ?

 さっきまではどっかの施設かと思ってたけど、絶対違うよね。

 風俗店の内装がこんなわけないし。


 ―――それに、なんかこの天使(嬢?)頭に輪っかついてね?


 浮いてるよね、それ。

 あと、今、焼かれた手を見たんだけど、跡がなくなってるわ。

 え、えっえっ。


「俺、死んだ?」


 蹲った上体を起こし、俺はほぼ無意識に天使さん(?)に聞いた。


 俺の言葉に天使さんはようやく気が付いたのかと言わんばかりに、はぁーと息をついた。


「正確に言うと、まだ死んではいないが。まぁ、ほぼ死んだようなもんだな」


「……もしかして、急性アルコール中毒?」


「いや、寝ゲロだ」


「まじか……」


 寝ゲロだけは絶対にやめようなって、あの日、桃園の誓いをしたのに。

 まさか、自分がそんな状態になるなんて。

 まぁ、そんな誓いなぞ一切していないが。


 いや、それよかだ。


「えっ、まじで死んだの?」


 冷静になり。改めて、そう考えると、手が震えてくる。

 おいおい、まじかよまじかよ。まだ、山本をぶん殴ってねぇぞ。


 あまりの空白感に俺は恐れ、いつのまにか左手にくしゃっと握っていた箱から煙草を取り出し、ライターの火をつけ、口に入れた。


 ―――落ち着け、落ち着け。いつも工学課題の難題に当たった時はこうしていただろう……。


 俺は煙草の先端を思いっ切り吸って……。


「だから、煙草は吸うなって言ってんだろうがぁ!!」


 ―――吐き出すことは出来ず。三度目のミゾパンを喰らった。


 さすがに、三度目は奇声は出なかった。

 それどころか、意識が遠のいた。

 


 


 

 


 






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