第12話:日本株投資開始

 そうして1999年を迎え、ソフトバンク関連株の関連株4726、ソフト

バンク・テクノロジーが1999年7月に上場が決まり、8473、SBI・

ソフトバンクインベストメントが2000年月12に上場することが発表され

たが、1999年6月には、既に、ネット関連株は、人気化して、高すぎて、

新しく、買う気がせずに見送った。


 以前買った、ヤフー、ソフトバンクは、爆上げして、塚田一郎、塚田守とも

破顔一笑だった。そうしてるうちに、いろんなパニックが予想されたが大きな

混乱もなく新しい21世紀のはじめ、2000年を迎えた。ソニー株が上昇し

て2000年1月4日に15000円で3万円で売り4億5千万円で売り、

3億1千万円の利益を上げ、その後、ソフトバンクが2000年4月25日に

3分割を実施すると情報が入り、分割後、下げ始めたら、売ろうと、塚田一郎

が考えていて、売り場を、探っていた、3分割し、分割後の初値が19100円となり、翌日、4月25日の初値が20890円で、2.1、2.3、2.5、2.7、2.9万円と上値を切り上げていき2000年5月2日、29670円で下げてきて、すぐ成行売りを入れ、29500円で72000株売り、

約16億円の利益をあげた。


 その後、ヤフー株が、天井知らずの勢いで上昇して、ヤフー株が2倍分割を

4回して、持ち株数が8倍になり、塚田一郎が96株、塚田守が40株になり、

分割後、高い所で、売り逃げ様と考えて、1株6200円で売り、塚田一郎が

47億千万円、塚田守が19億3千万円を手に入れた。そして、塚田守は、

すぐに、借りた金1千万円を父に返し、父が、儲かったから利子はいらないと

言ってくれ、塚田守の資産が19億6千万円になった。そして、塚田一郎は、

ソフトバンクとヤフーで100億円以上の利益をあげた。


 2000年10月1日に1豪ドル55円で17億を両替すると3090万豪

ドルとなった。2000年10月1日現在、2億6千万円と3090万豪ドル

となった。豪ドルを2年定期預金6%で運用を始めた。


 長女の和美ちゃんは、2000年に、立川郊外の公立中学に入学して、英語

と、絵が好きな女の子で、苦手の数学を克服するために問題集を熱心に勉強し、

将来は語学を生かせる仕事に就きたいと話していた。2001年、長男の肇も

同じ中学、2002年に次男の二郎も同じ中学に入った。2001年6月、

NTTは光回線接続サービス「bフレッツ」の提供開始を発表して、8月に、

喫茶「美鈴」光回線を通して、有線LANで4回線び高速インターネットが

使える様になり、翌年の2002年には、無線LANが普及して、無線LAN

でも5台同時にインターネットが使える様になり、喫茶「美鈴」が急に混み出

して、アルバイト学生を2人から3人、4人へと増やして行った。


 そうして、店が繁盛してきて、少しずつ、店の売上と利益が増えてきたので、もう1回線、光回線を増やして、パソコン16台一緒に、インターネットを使える様になり、更にお客さんが増えて、儲けが大きくなった。


 やがて2003年が空けた。肇君は、理数系が得意で、数学はセンスだと、

得意げに語り、英語もでき、学年でもトップスリーに入る程で、国立高校を

めざした。次男の二郎もソロバンが得意で、計算が速く、将来はコンピュータ

ーソフトウェアを勉強したいと、兄の肇君に負けじと、勉強して、国立高校を

めざしていた。その後、長女2003年の高校入試で、武蔵野地区の名門、

立川高校に合格した。2003年4月から立川高校へ徒歩で通うようになった。

 2004年の肇君が国立高校に合格し、続いて、2005年に二郎君も合格

した。

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