楽器を扱える者達を集めて来い

 九州の心臓とも言うべき阿蘇の地を中心に、時代が一気に動き始めた。


 益城に屋敷を構えていた阿蘇三郎忠国殿は、たちまちのうちに益城の館を引き払い、旧宇治氏の館へと移った。

 そもそも当地は阿蘇氏先祖伝来の地である。忠国殿にしてみれば、愛娘まなむすめの婿をたすけて共に宇治衆を蹴散らしたら、思いの外あっさりと旧領を取り戻せた格好である。


「これも婿殿のおかげじゃ。ありがたや~」

 と大いに喜びつつ、戦闘において焼き払った門塀を修復しおのが拠点とした。

 と同時に、当地における新たな主役たる八郎様が、益城の館に移住した。


 ――空いた西原村の館は、商品製造工場とする。

 というのが八郎様の構想プランである。引っ越しも満足に片付かぬうちから、製造工場の立ち上げに着手した。益城への引っ越し作業は重季様が指揮を執り、八郎様ご自身は近隣を駆け回って村娘や少年達をかき集めた。


「メシとゼニをやるぞ」

 と触れ回ると、たちまち一〇〇名程の働き手が集まった。さらには各種の職人を根こそぎかき集めた。

 流れ作業による手工業体制を整える。京にて好評だった商品に加え、新商品たるネズミ捕りワナの設計書を起こし、職人達に製造させる。そのノウハウを参考に製造工程を細分化単純化し、娘達や少年達に技術指導させた。吉次も彼らの間を駆け回り、製造工程の改善に従事した。


 製造工場の正面には、白縫姫様の筆でデカデカと、

 ――安全第一。

 と大書きされている。

 その下に描かれた妙ちきりんな美少女ヒロインキャラが、異様にウケた。中には毎朝、それに向かって柏手を打ち、作業の安全祈願をする者まで現れる始末である。


 早朝から人が集まり、

 ――エンヤァコ~リャァ、ドッコイセ♪

 と全員で陽気に掛け声をかけつつ、作業に余念がない。そして七つ時を目処に切り上げ、露天風呂で汗を流して全員でメシを食い、めいめい家へと引き上げるのである。


 半月も経つと、皆作業に慣れ、商品の品質も安定してきた。

 そこで八郎様は、全商品を二〇ずつ、新たに考案し製造させた大型の荷駄車に載せ、

「博多へ向かう。吉次、行くぞ」

 と、馬に飛び乗った。


 付き従うのは、旅のエキスパートだという天狗様……ではなく八丁礫の紀平治様に、京選抜組と河内組の郎党がそれぞれ一〇名ずつ。加えて立野兄弟が指名された。皆、騎馬である。

 それに一〇名の下男がかちで随行する。大型の荷駄車一〇台はそれぞれ二頭の馬が牽く。なかなかの大所帯である。


 八郎様は、与次郎様と弥平様に製造工場の監督を任せた。

 益城の館の留守居役は、実務のエキスパート重季様である。八郎様の新妻である白縫姫様は、

あるじご不在のお館を守るのは、おなごの務め。いや、もし力不足にてそれが適わずとも、せめて男衆おとこしの足手まといになってはなりませぬ」

 と意気込み、館の女性陣を集めて薙刀の稽古に余念がない。


 男共は、暫く彼女らの勇ましくも艶やかな姿に見とれていたが、そのうち、

「我らも負けてはおれぬ」

 とばかり、弓や剣の稽古に打ち込み始めた。


 八郎様御一行が博多を目指して出発したのは、秋も深まり木々の葉があらかた落ちた頃である。

 ざっと三〇里の行程である。宴会部長の平太郎が「金太の大冒○」を浪々と唄いあげ、皆それに和しつつ意気揚々と進む。これまで一人で行商に勤しんできた吉次は、大所帯での旅が何とも物珍しい。


 天候にも恵まれ、八日目にはつつがなく筑紫国博多の地に到着した。

 この地には寺が多数あり、宿には不自由しない。一行は複数の寺と交渉して当座の宿とし、旅装を解いて旅の垢を落とした。八郎様が奇妙な事を言い出したのは、その翌朝の事である。


「楽器を扱える者達を集めて来い」

 何事なにごとぞ、と郎党達は首を傾げつつ、言われるがまま河原者などを尋ね歩き、一刻あまりで笛や太鼓の奏者を一〇名程かき集めた。すると八郎様は彼らに、自ら作詞作曲した音曲を指導し始めた。


「宴でも催しなさるので?」

 立野兄弟の兄、勘太様が訝しんで問うと、

「アホか。お前達は見世みせを開く支度をしろ。……吉次、お前が全員に采配せえ」

 と、八郎様は太鼓を叩きながら言うのである。

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