九州にその人在り、

おおっ。吉次か!!

 吉次。――


 一三の時、

 ――儂は商人になり身を立てる。

 と決意し、裸一貫で蝦夷(北海道)を飛び出した。


 蝦夷を一周し奥州を周り、関東を経て京へと辿り着いた。よわい一四の時である。そこで河内源氏、六条判官為義様が八男の噂を聞いた。

 弱冠一一歳で、身長が六尺に達するという。その恵まれた体格に加え、類まれなる武芸の腕をお持ちらしい。かつ、将としても大成の兆しが見られるのだとか。


 噂は、それにとどまらない。商売の才覚も凄いらしい。堀川六条「源氏ヶ御館」の傍らに見世みせを構え、様々な商品を並べている。それらがいずれも独創的で、飛ぶように売れているというのである。洛中では日々、その八郎様とやらの噂でもちきりである。


(面白い)

 遠目に、噂に名高い八郎様を見た。確かに色白の六尺男である。公達の如き柔和な見た目だが、面魂つらだましいが常人と異なる……と、吉次は幼心に感じた。

 八郎ショップに、足繁く通った。店番をしている源氏ヶ御館の下男下女達をつかまえては、商品やその生産方法について根掘り葉掘り質問を繰り返した。


 ある時、郎党数人を連れて狩りに向かう八郎様をみかけた。馬に乗り、飛ぶように洛外へと駆け出してゆくのである。吉次はその後を走り、必死で追いかけた。随分遅れて狩り場に辿り着くと、それから二刻ばかし、彼らの狩りの様子を眺めた。


(たかだか狩りすらも、尋常ではない……)

 そう感じた。この御仁ならば……という、乱世を生きる男の直感が働いた。一行の狩りが終わった頃合いをみて、吉次は八郎様のもとへと転がるように飛び出した。


「お願い申し上げまする」


 ――儂に商売を教えて下され、と強烈な蝦夷訛りで八郎様に懇願したのである。八郎様はその色白のお顔をほころばせつつ、

「ええぞ」

 と快諾してくれた。

 吉次は八郎様に弟子入りした。わずかな小遣いを貰って下男のように八郎様のもとで働きつつ、横目で商売のやり方をつぶさに学んだ。


 八郎様の商売は、全てが異例である。

 当世の商人と言えば、地方の特産品や国外の輸入品を仕入れ、大消費地へと運んで売るのみである。しかし八郎様は、独創的な商品を自ら生産し、それを店頭に並べ、売り捌くのである。


 商品生産のやり方も凄い。売れそうな商品を八郎様が考案し、職人と共に設計を煮詰め、それを組織的に製造するという、いわゆる後世の工場制手工業を行っているのである。

(なるほど。これならば職人の数が少のうても、効率良う大量の商品を産み出せるのか。それでいて、品質も揃うておる)

 目の覚めるような思いがした。吉次は半年ばかし、八郎様のビジネスメソッドをとことん吸収した。


 やがて年が明けた。八郎様は元服を済ませ、「冠者」と呼ばれるようになった。ところがその直後、不幸にして勘当の憂き目にあい、京を去ることとなったのである。八郎様のビジネスはそこで終わりを迎えた。


 一五歳となった吉次は、商売人として独り立ちした。八郎様の商売を真似つつ、こつこつと小銭を稼ぎ、馬を一頭ずつ増やしていった。そして京で仕入れた商品を馬に積み、経済先進地帯たる奥州へと旅立った。京の品々は、奥州の地で飛ぶように売れた。


 しかし商いの規模が小さいため、利が薄い。

 かつて目の当たりにした凄いビジネスメソッドを再現出来るような財力も、ない。あの八郎様ならば、九州で再び一旗上げているのではないだろうか。吉次は諸々思案の末、

(次は、八郎様を追いかけてみるべし)

 と、腹を決めた。奥州で稼いだキンで再び京の商品を仕入れ込むと、馬三頭の手綱を引いて九州へ向かった。


 噂によれば、八郎様は豊後国尾張権守ごんのかみ家遠様のもとに身を寄せたという。が、すぐにそこを飛び出し、阿蘇へ向かったらしい。吉次は陸路博多へ向かい、京の商品を売り捌くと、その足で阿蘇を目指した。


 やっとの思いで八郎様の館を探し当てると、あたかも天狗の如き風貌の男をつかまえて、

「八郎様にお取り次ぎ願いまする。京の吉次が参ったとお伝え下され」

 と頼んだ。天狗は屋敷内に引っ込み、代わってよく知った顔が現れた。八郎様の側近、須藤重季うじである。


「おおっ、吉次ではないか。遠路はるばるよう参ったのう。さ、さ、庭へ回りてず風呂に入れ。露天風呂がある」

 館自慢の露天風呂に案内してくれた。


 旅の垢を落としつつ、

「何やら賑やかな御様子ですが、いかがなされましたか?」

 と吉次が尋ねると、

「今宵、八郎冠者の祝言を執りおこのうてござる。冠者は天女の如く麗しき女姓にょしょうを奥方になされた」

 と、重季氏は相変わらずお硬い口調でこたえた。


「ほう。それはまた、大層めでとうございまする」

 吉次は氏が用意してくれた着替えを羽織ると、馬の背から行李を下ろして砂金を取り出し、氏の後について座敷へと足を運ぶ。


 座敷の上座には、懐かしい顔があった。八郎様は吉次を目にするなり、

「おおっ。吉次か!!」

 と声を上げ、早う来い……と手招きされた。


 吉次が祝いの言葉を述べ、祝儀代わりに砂金を納めると、八郎様は嬉しそうに頷き、

「吉次、お前はよいところに来たわ。仕事がある。されどその話は明日に回そう。さあ、どんどん食え。そして飲め」

 と、杯を吉次に差し出した。

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