事を成す仁とは縁の求心力たり得る人……

(人の縁とは、摩訶不思議……)

 おぬいは、つくづくそう実感せざるを得ない。


 今、目の前で、自らの運命のひととあの立野兄弟が、郎党のちぎりを結ぶ盃を交わしているのである。

 立野兄弟といえば、弟にしろ兄にしろ、わたくしの運命のひとたる八郎為朝様と敵対した者達ではないか。

 それが一転、妾がわが八郎様の郎党に加わるという。


(まことに……縁とは分からない)

 いやいや他人事ではない。ほんの三ヶ月ばかし前までお縫自身、八郎様のお名前など全く存じ上げていなかった。


 しかし、夢で、可愛らしくも愛らしい女性にょしょうから思わぬ啓示を受けた。父、阿蘇三郎忠国は、

「それは恐らく天女であろう。いや実は、わしも同じ夢を見た」

 と言うのである。なるほど父上の言う通り、天女様が八郎様と引き合わせて下さったのだ、と思っている。


 実を言うと立野兄弟の兄、勘太とは、ちょっとした因縁がある。お縫の美貌は肥後国中知らぬ者がいないとはいえ、その勇しさが災いしてか、縁談に恵まれなかった。それを危惧した父上が、

「されば家格は釣り合わぬが、阿蘇一との誉れ高き腕利き、高野勘太に嫁ぐか」

 と言い出したのである。


 立野の長男勘太はきりりとした男前だ、という噂を耳にした。恋に恋い焦がれる年頃のお縫は、まだ見ぬ高野勘太に想いを馳せた。されど程なく、当の勘太はたおやかな美女を娶ったと聞いた。縁がひとつ、そこで途切れたと思った。


 その、途切れた筈の縁が、今また形を変え眼の前でさかずきを傾けているのである。

 縁の求心力は、言うまでもなく八郎様である。わたくしは八郎様に惹かれ、立野兄弟も八郎様に惹かれた。そう考えると、事を成す仁とは縁の求心力たり得る人……なのかもしれない。


 この時代、縁とは通常、生まれながらにして大方決まってしまう。つまり地縁である。

 生まれ育った周囲にほぼ全ての縁が揃っており、その幾つかが繋がって生涯を共にする。しかし京より当地へやって来た八郎様が、強烈な求心力となり、お縫や八郎忠国を巻き込んで全く新たな縁を築こうとしているのである。


 いや、そこに異存はない。

 そして不安もない。お縫より数歳歳下のそのひとが、途方もない器量の持ち主であることを、お縫はわずか三月みつきにして思い知らされた。


(八郎様程の御方は、他に居ないだろう)

 お縫はそう思い、早くも腹が決まった。八郎様に身を委ね、八郎様と共に我らの運命を切り拓く。もし八郎様を選ぶ事が誤りだとすれば、他の誰を選んでも駄目だろう。


 父の三郎忠国も、お縫と同じ思いらしい。

「まだ冠者に抱かれておらぬのか。早う祝言をあげ嫁になれ」

 と、顔を合わせる度に急かされるのである。


 大の大人おとなにしては少々軽薄ではないか、とお縫は可笑しく思うのだが、父上は父上なりの見立てがあり、八郎様の器量を推し量った上での判断なのだろう。この縁を奇貨と捉え、より強固にしたいらしい。


「冠者はまだ一二歳ゆえ、あちらからお前に手を出さぬなら、お前から誘惑せい」

 と、父上はお縫むすめに対し真顔で言う。お縫は赤くなり、俯く。


 実は既に、お縫は八郎様に抱かれている。あの月夜の晩、お縫は露天風呂で生まれたままの姿となり、八郎様の愛を受け初夜を済ませた。

 その後もほぼ毎日、八郎様に抱かれている。どこでおぼえたのかと訝しくなる程、八郎様はねやの手管も巧みで、お縫は早くもおんなとして磨かれつつある。しかし恥ずかしくて、その事はまだ父上に明かせていない。


 八郎様も、まだ父にはその事を伝えていないようである。いや、それどころではないのだろう。秋の刈り入れが終われば、たちどころに宇治衆が攻めてくるのである。八郎様も父上も、連中とのいくさ支度に余念がない。


 館のすぐ裏の一番高い場所に、大きな物見櫓が建てられた。

 益城の阿蘇やかたの方にも、同じく物見櫓が建てられた。三木衆が攻めてくれば、こちらの物見櫓から狼煙を上げる。益城あちらでそれを認めるなり、直ちに騎馬部隊がこちらへ駆けつける手筈となっているのである。


 他にも、八郎様は郎党達を指揮し、色々と館の各部に謎の装置を多数拵えた。

「これは、何でございますか」

 その奇妙な装置について、お縫は八郎様に質す。


「投石機だ」

 八郎様は、事もなげに答える。

「こいつで一気に大量の砂利を、弓より遠くへ飛ばす。矢は勿体無いが、砂利なら幾ら飛ばしても惜しくないだろ!?」

 そう言って、笑っている。


 これまた八郎様の考案した物らしい。このひとは一体、どれだけお知恵が湧くことやら。――

 お縫はただただ、感心する他ない。


 程なく、季節は秋をむかえた。

 西原村でも稲の借り入れが大方終わった頃、いよいよ宇治衆が、館へ大挙して押し寄せて来た。

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