お前ら二人もオレの家来になれ

「剣では、既に勝負がついているよな!? されば弓の勝負にしよう」

 と、二人は弓の稽古場に案内された。郎党達も一〇人ばかし、ぞろぞろと後に続く。


「どちらが勝負に立つか?」

 色白大男――八郎為朝――に尋ねられ、勘太と祐左は顔を見合わせた。

「兄者、頼む。ワイは腕の打撲がまだ癒えとらんばってん」

 うむ……、と勘太は頷き、儂が立つと八郎為朝に応えた。


「されば……。どれでも好きな弓を選べ」

 ずらりと並べ立て掛けられた、弓を示された。勘太は一本ずつ慎重に弓の具合を調べ、そのうちのひとつを選んだ。

 矢を三本渡された。勘太はまとに向かい、立つ。


「少し、距離が遠いな」

 勘太は小さく呟きつつ、気を整えると、一本ずつ慎重に矢をつがえて射た。三本共全て的に収まった。


「ほう。お見事」

 八郎為朝は微笑し、郎党が差し出す巨大な弓を手にする。

「な、何だその弓は……」

「ん!? オレ専用の弓だ。こっちを使ってもう一度射るか?」


 見たこともないような大弓に、勘太も祐左も度肝を抜かれた。太さも重量も尋常ではない。勘太は取り敢えず、八郎為朝から弓を受け取り手にしてみはしたが、つるはびくともしなかった。

「斯様な強弓、儂には扱い切れぬ」

 勘太は首を横に振りつつ弓を返す。八郎為朝は笑いながらそれを受け取り、なんと勘太の位置よりもさらに三割ばかし後方に立った。


 ちなみに八郎為朝は、何とも奇妙な格好をしていた。

 上は、襟が無く前が閉じている。袖が短く丈も腰ほどまで。生地も一重で涼しそうである。下は袴のようではあるが、もっと裾が細く丈が短い。実に動き易そうではないか。

(噂に聞く、こ奴の工夫か)

 勘太がそう考えているうち、八郎為朝は巨大な弓を構え、次々と無造作に矢を射た。


 矢は恐ろしい程の唸り音を立てつつ、的に吸い込まれるように刺さった。細かく検分するまでもなく、勝負は明らかであった。八郎為朝の射た矢は、三本ともど真ん中に刺さっていた。勘太は呆然とし、祐左はがっくりと肩を落とした。


「ふう、暑いな……。二人共、こっちに来い」

 八郎為朝は二人を促し、歩き出す。


 向かったのは、屋根付き露天風呂である。

「汗を流すぞ。お前達も脱げ」

 するすると衣服を脱ぎ始める。郎党達も幾人か、衣服を脱いで裸になる。仕方なく、二人もそれに倣い裸になった。

 男共が次々と、広い露天風呂に飛び込む。


「まあ、勝負はオレの勝ちだが、負けたからといって気にするな。お前達には気の毒だが、オレには絶対敵わん。お前達にその気がないなら、別にオレの家来になる必要もない」

「ほう」


「このまま、風呂から出たら宇治の館に帰ってもいいぞ。ただし……」

 八郎為朝は湯で顔を拭いつつ、言った。

「既に村では、立野兄弟がとっ捕まって当やかたもてなされとる、っちゅう噂が流れておる」

 にやにやと笑っている。二人は、あっ、と声を上げた。


「まあ、このまま帰ったとしても、お前達二人はあちらであらぬ疑いの目を向けられるだろうなあ」

 やられた、と勘太は頭を抱え、祐左は殺気立つ。しかし次の瞬間、この色白大男の口から意外な言葉が飛び出した。


「オレはこれから、この九州を征服する」

「はぁ!?」


「オレは京に居て、貴族共の腐り切った社会を見た。妙に権力を持った貴族がのさばり、崇徳上皇はろくにものも言えん状況やった。我ら河内源氏も、貴族共にヘイコラ頭を下げにゃならん。そないな今の世の中が、色々と気に食わん。だからオレが、ここ九州から世の中を変える」


「……」

「オレの思うように、世の中を変える」


「なるほど……。面白い」

 勘太は笑った。世の中には大法螺吹きも居るものである、と思った。逆に傍らの祐左は、八郎為朝の大法螺に呆れ、不快そうな顔である。


「ゆえに、お前ら二人もオレの家来になれ。オレは有能な家来が欲しい」

「ほう」

「逆に言えば、無能な腰抜けは要らん。オレに付いて来る気がなければ、帰っていいぞ」


ワイらを腰抜けと申すか!? ワイらは、この阿蘇では少々知られた立野兄弟ぞ!!」

 祐左は怒気をあらわにし、八郎為朝を睨む。勘太はそれを手で制する。

「だからお前達に声をかけた。今後どうするか、決めるのはお前達次第ということで良い」


「なるほど面白い」

 勘太は破顔し、

「我らを男と扱ってくれた事に、ひとまず礼を申す」

 と頭を下げた。この時早くも勘太の腹は、決まった。この八郎為朝という男が次々と世を変えてゆく絵が、勘太には確かに視えた。


 三人は風呂から上がった。未だ自らのおかれている状況に苛ついていた祐左も、この大法螺吹きの股間のソレをちらりと目にした瞬間、男として全てにおいて敵わない事をようやくく悟った。


 二人は意を決した。夕刻、二人は大座敷で八郎為朝と盃を交わし、郎党となることを誓った。

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