今からサシで勝負するぞ
「兄者はオロチと闘えるか?」
祐左は、一族の誉れと名高い兄に尋ねた。
「分からぬ。
勘太は首を捻る。
「五人力の強弓を引くだとか、崇徳上皇より御言葉を賜っただとか……
祐左は溜息をついた。
その横で、勘太は別の懸念を抱いていた。
(商売にも長けている……だと!?)
噂によれば、様々な身の回り品を考案して商品化し、それらが飛ぶように売れていたらしい。只の商売人ではない。
(つまり、単なる武芸一辺倒の男ではない……ということか)
そういえば館を一日二日で築き上げたというではないか。
その後の情報によれば、連中は予め益城の地にて資材を全て加工し、それらを西原村に運び込んで一気に組み上げた、と判明している。敵前に館を築く難しさを意識した上での、前代未聞の工夫だと言える。いやしかし、それでも館の竣工が早過ぎる。
案の定、この件については続報が入ってきた。あれは実際に建物が完成していたわけではなく、単に和紙を張り巡らし欺いていただけだ……というのである。
――なんだ。そういう事であったか。
と、誰もが拍子抜けした。ただ、それはタネが判ったからこその話であり、我々はそれにすっかり騙され、完全に再攻撃の機会を失したではないか。恐るべき戦略家、と認めざるを得ない。今頃は館として実際に完成しているであろう頃合いであり、それをこれから攻略するとなると、相当な兵力を要するのは間違いない。
それだけではない。勘太は不覚にも早々に気を失ってしまい、目にすることが出来なかったが、戦さの采配も見事であったらしい。あの男は我が宇治衆の有り様を瞬時に把握し、巧みに後方をも攻撃してきたというのである。だから我が宇治衆はたちまち大混乱に陥り、敗走した。要するにあの男は、弱冠一二歳にして既に戦さを熟知している。
「源八郎為朝、侮れぬ……」
二人は当主資永に、早速兵力を可能な限りかき集め、直ちに西原村を攻めるよう具申した。
しかし資永は、
「田の刈り入れを前にして
と言う。
「それでは機を逸しまする」
勘太は資永に詰め寄った。
「源八郎為朝なる男、只者ではございませぬ。攻めるなら、河内源氏勢の戦さ支度が整わぬ今のうちでござる。何卒、直ちに出陣の御下知を賜りますよう……」
「黙れっ」
資永は床を扇子でぴしゃりと叩きつつ、二人に言った。
「既に決まったことである。……そもそもお前らが先日あ奴らを討ち取っておれば、全てが片付いていた話ではないか。討ち損じたお前らが、何を今更意見する!? 下がれ!!」
資永の剣幕に、二人は口をつぐむしかなかった。二人はすごすごと退出した。
「兄者。かくなる上は、
祐左が促し、勘太もその意思を固めた。二人は既に宇治衆の中で、
――敗戦の元凶。
という汚名を着せられていた。これを挽回し主家を救うためには、たとえ二人だけであろうとも行動するしかない……と思った。隙きをみて源八郎為朝を討ち取るべく、勘太と祐左は変装し西原村に潜伏した。
ところがそこに、勘太の誤算があった。
西原村の住人達は、早くも河内源氏の連中と非常に親しくなっていたのである。
「村外れの納屋に、立野の兄弟が変装し潜んでおりますぞ」
と、河内源氏の連中に通報する者があった。直ちに二十名程の郎党が動き、夜陰に紛れて二人の潜む納屋を取り囲んだ。二人は寝ているところを二十名に踏み込まれ、太刀を抜く暇さえもなくあっさり捕らえられてしまった。
二人は武器を奪われ、一晩館の長屋の一室に監禁された後、翌朝庭に引っ立てられた。
「なるほど。立野兄弟とは、お前達の事か。見覚えがあるな」
弱冠一二歳にしては異様にデカい男が、縁側から草履をつっかけて庭に降りて来た。
あどけなさの残る色白顔が、赤く日焼けしている。その顔に似合わず背丈は六尺を超えていようか。細身ながらがっしりと鍛え上げられた体格である。
「左が、兄の立野勘太でありますな。腕も立ち知恵もある男、として近隣に聞こえておりまする。右が、弟の立野祐左。これも腕が立ちまする」
三郎忠国氏の与力(加勢として預かっている郎党)が、八郎為朝に説明する。八郎為朝は頷き、二人に近寄った。二人は死を覚悟した。
ところが次の瞬間、八郎為朝は意外な行動に出た。二人を括っていた縄を、するすると解いたのである。
そして、意外な事を言い出した。
「お前らも、いきなりとっ捕まってふん縛られたんじゃあ、不満やろ」
「……」
「今からサシで勝負するぞ。お前らがオレとの勝負に勝てば、このまま逃してやる。オレが勝てば、二人共オレの郎党になれ」
勘太と祐左は唖然とした。
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