源八郎為朝とは、一体何者ぞ!?

 案の定、梅雨明けを待って河内源氏の連中が動き出した。西原村の農民達を動かし、荒れた高台を整地し始めたのである。

「やはり、連中は館を構えてこの地に居つくつもりか」

 宇治の当主資永すけながは郎党達に、

「連中を追い払え」

 と命じた。


「されば……」

 と口を挟んだのは、おっさんボス上島である。

「先日やらかした立野祐左めの、失態の責任を、兄の勘太に負わせましょう」


 ひと月前の戦闘に参加した者は、おっさんボス上島以下全員が腰砕け状態の中、ひとり祐左のみが気を吐き相手に立ち向かったことを識っている。それを不幸にも、祐左は上島によって濡れ衣を着せられたと解っている。

 しかしここで祐左の肩を持てば、自分達の不甲斐なさを曝け出す事になる。上島に加担するのは不本意ながら、祐左の不幸に目をつぶり、真相に口をつぐむしかなかった。祐左は館内で孤立した。


 立野家の長男勘太は、幼い頃より武芸に秀で、また長ずるにつれて大将の風格も備わり、

 ――立野一族の誉れよ。

 と評された。宇治の家中に並ぶ者無し、と言われた。


「立野勘太こそ、河内源氏の小童こわっぱ連中に当たらせるに適任でございましょう。弟祐左の事がありますゆえ、勘太も本気で戦いましょうぞ」

 上島は当主資永をそそのかし、資永もなるほどと同意した。

 郎党下人より百五〇名が選ばれ、立野勘太を頭目にして七月(旧暦)のとある夜明け前、静かに西原村へと移動した。連中が整地中の台地に陣取り、連中の到着を待った。


 かくして昼前、漸く河内源氏の連中がやって来た。全員立ち上がり身構えると、程なく河内源氏の大将が姿を現した。


「噂通りの大男だな」

「兄者。あ奴は腕が立つ。ゆめゆめ油断なさるな」

 傍らの祐左が兄勘太に囁く。祐左も先日の汚名ぬれぎぬを雪ぐべく、一団に加わり兄に付き従っているのである。


 はたしてみなもとの八郎為朝と名乗る大男は、只者ではなかった。

 ただならぬ気迫に満ち、かつ彼をかしらと仰ぐ河内源氏一行全てが、猛烈な闘志を漲らせている。


 逆に我が宇治衆は完全に気合い負けしていた。

(これは……戦う前から敗けているではないか)


 自ら機先を制し目前の大男を倒して、流れを変えるしかない。――

 敏感にそう悟った勘太は、太刀の鯉口を切り、一気に前へ出た。抜きざまに相手の胴を両断するつもりであった。しかし次の瞬間、太刀もろとも体ごと吹っ飛ばされた。


 恐るべき怪力である。

「あっ!!」

 地にどさりと倒れた。運悪くそこに礎石があり、勘太は頭をしたたかかにぶつけ気を失った。と同時に、勘太の頭上を飛び越えた大男が、続く祐左らを目にも留まらぬ速さでなぎ倒していた。


 宇治衆は早くも動揺し浮足立った。

「かかれ~っ!!」

 という大男の合図と共に、河内源氏の一行が一斉に、宇治衆に飛びかかって来た。たちまち乱闘となったが、もはや劣勢を覆うべくもなかった。大男、八郎為朝の意外にも巧みな采配、戦術にひとたまりもなく、宇治衆は総崩れとなった。


 勘太と祐左が意識を取り戻したのは、それからどのくらい後であろうか。――


 他の負傷者と共に、台地の下に放り出されていた。

「何と……。我らは敗けたのか」

 幸い勘太は脳震盪をおこしただけで、他に怪我はなかった。祐左も左腕と胴を激しく打撲したのみで、自力で立ち上がれた。彼らは他の負傷者を庇いつつ、どうにか宇治の館に逃げ帰った。


「不甲斐ない。敵の倍の兵力がありながら、敗けただと!?」

 当主資永は顔をしかめ、おっさんボス上島はこれみよがしに、勘太ら兄弟を中傷した。二人はやかた内で立場を悪化させた。


「連中の館が完成してしもうては、厄介だ。もう一度打って出るぞ」

 資永がいくさ支度を始めたその最中さなか、再び西原村からとんでもない報告が入ってきた。

 ――河内源氏の連中の館が、早くも完成している。

 というのである。


「どういうことだ。あ奴らは一日二日で館を築いた、と申すか」

 資永以下、皆仰天した。神仏でもなければ出来る筈もないわざではないか。――

 ここに至り宇治衆は漸く、自分達が途方もない男と戦っていることを認識した。


 勘太は家人をほうぼうに走らせ、ここ最近京に上洛した者達を探して、源八郎為朝なる男の情報をかき集めた。

「京では大層評判の御仁でございます」

 行商人らが口を揃えて、男を褒め称えるのである。どうやら類稀たぐいまれなる武芸の腕に加え、人望もあり、おまけに商売も上手いという。一二歳になった今春、元服したばかりでありながら、早くもひとかどの人物として知れ渡っているらしい。


 さらには豊後の方からも、

 ――河内源氏の棟梁は、豊後の山中にて巨大なオロチを退治なさった。

 という噂が流れてきたのである。


「これは……。源八郎為朝とは、一体何者ぞ!?」

 勘太も祐左も、あの色白大男の実像を測りかね、途方に暮れた。

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