兄者、それは何かの間違いじゃ

 立野祐左ゆうざは、ただひたすら、味方の不甲斐なさに腹が立った。


(相手は上背こそあれど、ただの京育ちの色白公達きんだちではないか)

 寄せ手たる我が方は、頭目から後方の一兵までことごとく、膝をガクガクと震わせているのである。


此奴こやつ、妙に弁が立つようだが、所詮しょせん口だけのガキであろう)

 なぜ、誰も前へ出ぬ!? 何たる腰抜けぶりよ。――

 味方への苛立ちを、目前の色白大男に転嫁した。祐左は寄せ手でただ一人、殺気を募らせた。


 一瞬で抜刀するや、一気に前へ踏み込んだ。

 しかし色白大男に、完全に動きを読まれていた。彼はちらりと祐左に目を向けるや着物の裾をひるがえし、一閃、長い脚を飛ばしてきた。祐左は予想外の回し蹴りをまともに食らい、地面にどうと倒れた。

 次の瞬間、大男の傍らに居た二匹のオオカミが、祐左に襲いかかってきた。


「わっ」

 慌てて、這いながら一間ばかし後方へ退く。


 退きながら周囲を見渡すと、寄せ手は全員が脱兎のごとく逃げ出しつつあった。普段威張りくさっている頭目までもが、転がるようにへっぴり腰で逃げて行くのである。祐左はさらに一間ばかし這い進んだ後、漸く体勢を立て直して立ち上がり、転倒時に挫いて痛めた足を引きずりつつどうにか逃げ出した。


 幸い、河内源氏の連中は祐左らを追って来なかった。深夜の雨の中、一行はずぶ濡れになり宇治の館へと戻った。

 口を開く者は、誰も居なかった。祐左は、不甲斐ない全員に対し不満を募らせつつ、雨の夜道を歩き続けた。


 翌日は晴れた。

 祐左はすっかり疲れ切って昼過ぎまで寝ていたが、起きると粥を食って空きっ腹を満たし、太刀の手入れを行った。そして陽も随分と傾いた頃、お館に顔を出した。


 門をくぐった途端、誰かに手を引かれ物陰に連れ込まれた。

 誰かと思えば、兄の立野勘太である。

「まずいことになっておる」


 ――立野の祐左めが勝手に飛び出したせいで、一同総崩れになった。

 という話になっているらしい。

「兄者、それは何かの間違いじゃ」

 祐左は血相を変え、母屋に飛び込み当主資永すけながに食ってかかった。


かしらの上島殿以下全員、河内源氏の不逞の輩を前にしてガタガタ震えておりました。ワイは皆に喝を入れるべく、率先して飛び出したに過ぎませぬ」

「それがマズかった、と言うておる。そもそも誰がガタガタ震えておった!? 左様な腰抜けなぞ、誰一人おらぬわ」

 横から頭目の上島が、祐左を怒鳴りつけた。


「無様に震えておったではございませぬか。いやいや、皆見ておりましたぞ」

「黙れっ」


 すぐに、三人の郎党が呼ばれた。皆、上島の腰巾着である。彼らは口々に、

「左様なことはございませぬ。上島殿は毅然として、河内源氏の小童と相対しておりました」

 と証言した。祐左は呆気にとられ、

「馬鹿な……」

 と呟き、当主資永に窘められた。


此奴こやつは匹夫の勇のみにて、いくさの大局を解さぬ男ゆえ」

 上島が吐き捨て、資永も頷く。祐左は憤然と立ち上がり、

「話にならぬ」

 と、ドカドカと畳を踏み鳴らしつつ座敷を飛び出した。


 いつの間にか、外はすっかり暗くなっていた。祐左は館の庭に立ちすくみ、暫く怒りを静めていたが、そのうち周囲がにわかに騒がしくなってきた。

(何事ぞ)

 再び母屋に戻ると、丁度郎党達が多数、西原村から戻って来たところであった。怪我人が数名、戸板に乗せられ運ばれてきた。どうやら河内源氏の連中を監視しているうち、小競り合いが生じたらしい。


「白縫姫がおりましたので、捕らえようとしたところ、くだんの河内源氏の大男が突如現れ、たちまち挟み撃ちとなり切り崩され申した」

 というのである。


 当主の指示で、連中の監視を強化することになった。皆、交代で梅雨の中西原村を見張った。しかし一件以来、連中の行方が分からなくなった。くだんの洞窟はもぬけの殻である。

「阿蘇の白縫姫と会ったのであれば、まさか連中は阿蘇の者と手を組んだのではあるまいか」

 と、誰かが言い出した。早速数名が益城に赴き探りを入れると、はたして、

「どうやら間違いない」

 という報告が入った。


「されば連中は、梅雨明けを待って動き出すやも知れぬ」

 やかた中の誰もが緊張した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る