天狗様の仕業か

 その日、夜明けと共に農作業に出た農民達は、驚くべき物を目にした。

 くだんの台地に、何と一夜にして居館が現れたのである。

「河内源氏のおん大将が、わずか一日二日で館を建てなすった」

 村では大騒ぎとなった。


 二日ばかし前に大量の建築資材が運び込まれたのは、村人達も気付いていた。台地の前面が草薮で覆われていたため、様子を窺い知る事は出来なかったが、なにやらバタバタと作業を行っている気配はあった。

 そして昨夜のうちに、目隠しとなっていた前面の草薮がキレイに刈り払われた。そこには何と、既に立派に仕上がった居館があった。


「天狗様の仕業か」

 誰もが驚き、訝しがった。


 勿論、一日二日で居館を建築するようなすべはない。当然ながらカラクリがある。

 敵前に館を築くのは、容易なことではない。オレは梅雨の間、随分と知恵を絞った。そこでふと思い出したのが、

「そういえば豊臣秀吉やったっけ? 敵前に一夜にして、城を築いたっちゅう話があったよな」

 というである。


 モタモタしていると敵に攻め込まれるのである。現に資材を持ち込んだ当日、早速敵の宇治衆と戦闘が発生した。

 幸い戦闘は、あっという間に片付けた。四半刻と経たずして敵を蹴散らした。そこで予定通り、既に加工済の資材を大人数で組み上げ、二刻そこらで一気に棟上げを行った。


 これだけでも、当世としては驚くべき作業速度である。しかしオレのアイデアはそれにとどまらない。いわゆる秀吉の「墨俣一夜城」を真似て、壁代わりに和紙を張り巡らしたのである。

 和紙には予め、雨戸も描き込んである。なので遠目には、あたかも居館が完成しているかのように見えるのである。


「実に痛快ですな」

 作業に従事したオレの郎党達は、当然このカラクリを知っている。台地の下で、遠巻きにこちらを眺め驚いている村人達を目にし、笑いが止まらない。


「冠者のお知恵の凄まじきことよ」

 炎天下、嬉々として屋根葺き作業を進める。既に材料が上手く加工されているため、本職の大工でなくとも組み立て作業が出来るのである。


「これは……どういう事か」

 様子を探りに来た宇治衆も、大方組み上がった居館を遠目に眺め仰天した。

 慌てて馬を飛ばし宇治の屋敷に戻り、その旨報告する。


「河内源氏の八郎為朝という男、一体何者ぞ」

 皆、頭を抱え込んだ。既に二度も、あっさりと反撃を食らい、今また我が領内にまんまと居館を築かれてしまったのである。

 ――武芸の腕にしろ、統率力にしろ、只者ではない。

 と認識せざるを得なかった。


「されば急ぎ準備を行い、総力をあげて戦うべし」

 たちまち阿蘇一帯の各所に使者が飛び回り、八郎為朝打倒の計略が謀られた。


 ところが兵を拠出するよう要請された宇治衆の家人達は、ことごとく、首を横に振るのである。

「田んぼ畑の作業が忙しい時期ではないか」

 盛夏を過ぎれば、稲刈りをせねばなるまい。たった今も、いつ台風がやって来て田畑を襲うか分からない。そうなると総出で田畑を守らなければならないのである。

 ――そんな時に、いくさなどやっていられるか。

 家人達は皆、口々にそう言うのである。


「う~む……」

 宇治氏の当主は、腕を組み渋い顔で唸った。

「やむを得ぬ。稲刈りを待って、総攻撃をかける」

 と、家人達に命じた。


 これはオレも想定済みである。梅雨の間に三郎忠国氏と何度も打ち合わせを重ね、農繁期の大規模戦闘は無いだろうと読んでいた。それが当世のいくさ事情らしい。オレ達は悠々と、計画通り母屋や長屋を組み上げた。その後地元の大工を集め、細部の仕上げを行った。果たして最初の台風が襲来する前に、一行六六人が雨露をしのげる館が完成した。


目出度めでとうございまする」

 ここ暫くの間に仲良くなった村人達が、野菜などを抱えて挨拶に来てくれた。

「白縫姫様は、相変わらずうつくしゅうございますなあ」

 お縫さんを眺めつつ、目尻を下げる者も少なくない。半数ばかしはお縫さん目当てでやって来たのかもしれない。


「ありがとう。まだ何もないが、風呂にでも入って行ってくれ」

 早々に作った、阿蘇館のごとき豪勢な露天風呂での入浴を勧めると、皆大喜びで温泉を堪能するのである。


「全て、上手くいった。お縫さんや三郎忠国殿のお陰だ」

 その日の夜更け、皆が寝静まった頃合いを見計らい、オレはお縫さんを露天風呂にいざなった。


 オレがするすると衣服を脱ぎ捨てると、お縫さんも辺りを気にしつつ、おずおずと着物を脱ぎ始める。

「左様に見つめられると、恥ずかしゅうございます」

「いやいや。綺麗なハダカではないか」


 月明かりに照らされ、赤く頬を染めた美女の見事な裸体が浮かび上がった。

 程よく鍛えられ引き締まりつつも、しかし女性らしい箇所は充分過ぎる程のに満ちている。その下腹部には、彼女の旺盛な生命力を象徴するかのように、豊かな下草が茂っていた。美しい顔とアンバランスなそれが、オレの情欲を昂ぶらせるのである。


 オレはその裸体を優しく抱きしめつつ、ゆっくりと湯に身を沈めた。

 ふたりだけのアマくアツい時間ときが、月明かりのもと、密やかに過ぎた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る