お主らが勝手に館を築く事、罷り成らぬ

 梅雨が明けた。オレ達は早速、事前の計画通り行動を開始した。


 毎朝全員、阿蘇やかたの馬を拝借し、大量の食材を抱えて三里先の西原村へ向かう。そしてくだんの台地の、樹木伐採や草刈りを行うのである。

 昼を過ぎると、農作業を終えた近隣の農民達が、三々五々やって来て作業を手伝ってくれる。

 原生林のようだった台地も、さすがに百数十人がかりで一気に作業すると、一〇日ばかしで随分と見晴らしが良くなってきた。


 夕方になると、村の女性達が集まり炊き出しをやってくれる。

「皆、暑い中よう頑張ってくれた。飯を食うて行ってくれ」

 オレの郎党達と農民達が、共に飯を食う。夏の日が沈むまで椀を片手に談笑し、それから馬で阿蘇館へと戻る……という日々である。残った食材は、その都度村の女性達に分け与えた。


 片や益城の方では、三郎忠国氏が手配してくれた大勢の大工の手により、木材の切り出しと加工を行っている。

 梅雨の間にオレが用意した設計図と材料加工図面を元に、木材等を加工してゆく。ちなみに木材や竹材は、そこらの森林や竹藪から切り出すのでタダである。一部は無人の古民家や、水害で流され川べりに転がっている廃材をも再利用した。


「廃材なんぞ利用せずとも……全て新たに切り出せば良いではござらぬか」

 と三郎忠国氏は首を捻るが、オレは何も、恒久的な居館を築くつもりはない。どうせ九州を征服するのであれば、いずれ次々と拠点を移転させることになるだろう。なので使える資材は何でも使う腹積もりである。


 郎党達は全員、ユニフォーム代わりのTシャツを着ている。

 オレが考案し、梅雨の間に阿蘇館の下女を総動員して作らせた。前側に「丸に『源』」のマークが書かれている。前世の、某人気パチンコ台のロゴマークそっくりである。背中側には、やはり前世で女性に大人気の子ネコキャラを描いたところ、下女達に大ウケした。


「これは……何でござるか?」

 郎党達は皆、不思議そうな顔をしていたが、

「我ら一行が、村人らに不審感や警戒感を持たれてはマズい。少しでも良い印象を与えておきたい。これなら女子供がほっこりするだろ!?」

 と説明すると、何やら納得したようである。はたして現場でのウケも上々である。


 オレは二つの現場を一日おきに掛け持ちし、作業の陣頭指揮を執った。またその間、重季さん他数人を肥後国府へと向かわせ、大量の和紙を買い付けさせた。


 ちなみに、前世において学校で、

 ――昔は人件費が驚く程安かった。だから権力者は、大規模土木建築を容易に行う事が出来た。庶民は格安で雇われ、貧困を強いられた。

 と教わったが、これはどうも怪しいと気付いた。


 確かに当世は、メシさえ食わせれば皆喜んで作業に加わってくれる。しかし前世だって、最低賃金レベルだと日々メシを食うのがやっとだったではないか。――

 特に若い世代の収入は、大半が日給換算で一万円を割る。それさえも税や公共料金を除くと、残るのはメシ代と交通費がせいぜいである。そのメシとて、とことんコストカットされた胡散臭い加工食品が多い。まさに貧困そのものである。


 しかし当世は全て本モノ食材で、かつ新鮮である。転生以来すこぶる体調が良いのは、そのせいではないか。

 皆、快適とは言い難いが先祖伝来の住まいがある。衣服は内製。税は無い。諸々相殺し算盤を弾くと、前世の方が上……とは決して言えない。


 その一方で、土地代もタダだし原材料も大概タダである。なので要するに、安いのは人件費コストではない。資産コストの方が大幅に安上がりだと言える。

(学校でなろた事は、ウソばっかしやないかい)

 何か、ダマされている気がするのである。


 作業は概ね計画通り進み、七月(旧暦)に入る頃には建設予定地の整地が大方済んだ。前面一列のみ樹木を残し、キレイな土地が現れた。設計図通り、基礎も掘った。

 整地と平行して井戸掘りを進めていたが、案の定、簡単に温泉が湧いた。これで立派な風呂が作れるだろう。非常に有り難い。


 材料加工の方も準備が整った。いよいよ居館の建設である。

 大勢の人夫を指揮し、多数の荷駄車に積んで西原村へと一気に運搬したところ……何と現地は、百名を超える武装した連中により占拠されていた。


「宇治の連中か?」

「そのようでございますな」

 三郎忠国氏の郎党も一〇名程、オレ達に助っ人として加わっている。そのうちの一人が、あれは宇治衆だと断定した。


「また彼奴等あいつらかよ……」

 人夫と荷駄車を二町ばかし手前に後退させ、待機を命じる。同時に、オレと郎党達は馬を降りると一気に台地を駆け上がった。


「頭目は誰ぞ!? 出て来いっ」

 オレは仁王立ちで怒鳴る。すぐに一際大柄な男が前に出て来た。

「当地は我が阿蘇一族の所領である。お主らが勝手に館を築く事、まかり成らぬ」

「阿蘇一族? 所詮しょせん似非えせ阿蘇、宇治であろうが」


 オレの傍らにぴたりと付き従う及川奈○と明日花キラ○が、眼前の宇治衆を早くも敵と認識したようで、牙を剥き出し唸り声を上げる。

 オレはゆっくりと右手を上げ、パチンと指を鳴らした。それを合図に、郎党達が一斉に左右へと展開し、鶴翼の陣形をとる。


 たちまち眼前の宇治衆に、動揺が走った。

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