縫をもう抱きなさったか?

 おぬいさん――通称白縫しらぬい姫――は、色白細面で切れ長の目をしている。

 京風のコテコテした感じのメイクではない。それどころか白粉おしろいすら使っているように見えない。唇に薄ピンクのべにを引いているだけではないだろうか。


 まさに自然の造形の妙……とでも言うべき、涼やかな目。鼻筋が通り、いわゆる凛々しい系の美女。薙刀の腕は近隣に響いている。鍛え上げられた体のせいか日頃の所作、身のこなしが他のおなごとはまるで異なり、機敏かつ妖艶ですらある。率直に言って、全てが美しい。


 歳は一九。あ、数えで一九だから、オレの実年齢と同い歳ってことになるのか。

 普段キリリとし過ぎていて、男衆おとこしを寄せ付けぬオーラを放っていると聞くが、何故かオレにはベッタリである。

 ちょっと待ってね、ガラガラガラ……。惚れてまうやろぉ~~っ!!――


 朝から降っていた小雨は、夕方を前にして上がった。早速オレの郎党や阿蘇家の郎党が数人、座敷にやって来て、

「冠者。皆に弓の腕前を見せてやって下され」

 とせがむので、ちょいと気分転換……とばかし、草履を履いて彼らと共に外へ出る。お縫さんも、さも当然のようにいそいそとオレに付いて来た。さらにその後ろに、どこからともなく現れた及川奈○と明日花キラ○が大人しく付き従う。


 大所帯である阿蘇館の弓の稽古場は、京の源氏ヶ館のそれより広かった。

 まとが一〇ほども並んでいる。既に阿蘇衆のみならず、オレの郎党達も含め三〇人程がたむろしていた。オレの姿を見ると、皆一斉に目を輝かせる。


 郎党の一人が、マイ○ル・ジョーダンを持ってきてオレに差し出した。何しろ特注の、五人力の弓である。通常の弓よりかなり大きい。阿蘇衆が、

「うわっ。何ともゴツい弓でございますな……」

 と目を見張る。


 オレは通常の立ち位置よりずっと後ろに構え、弦をきりりと引き絞ると無造作にひょうと射た。

 矢は派手な唸り音を発しつつ空を切り、的のど真ん中に刺さった。いや、刺さったというより半分以上めり込んだ。たちまち周囲で歓声が上がった。


 湧き上がる歓声を聞いて、

「何事か!?」

 とさらに人々がわらわらと集まって来て、たちまち大きな人集ひとだかりが出来た。三郎忠国氏までもが見物に来た。


「他の弓も持って来い。全部試し射ちをしてみたい」

 郎党に命じ、オレ専用強弓を持って来させる。その中から、まずはエディ・ジョーダ○を選び、射た。

 矢は、狙い違わず的のど真ん中へ飛び、一本目の矢を粉砕した。


「おおっ。聞きしに勝る、見事なお手前……」

 阿蘇衆のみならず、オレの郎党の河内組までもが口々に驚きの声を上げる。何しろ彼らも、オレが的に向かい矢を射るのを見るのは初めてである。そんな中、京選抜組が、

 ――どやさぁ!!

 と得意顔なのは、どういうわけだろう。――


「お見事でございますなあ」

 と三郎忠国氏が感嘆の声を漏らす。

 お縫さんは、ぽ~っと呆けたようにオレを見つめている。及川○央と明日花キ○ラは、

「獲物はどこ!?」

 とでも言いたげな顔で、オレの顔を不思議そうに見上げる。何やら照れ臭くなってきたので、オレは慌てて座敷へと引っ込んだ。


 こうして郎党達が阿蘇衆と打ち解けつつ梅雨を持て余している間、オレは何度も大工達と打ち合わせを重ねながら、館の設計作業に没頭した。

 設計図を元に、材料の加工図面を多数作成し、各材料の見込み数量を積算する。そこからさらに、必要な人夫や馬、荷駄車の数をはじき出す。そして作業の段取り案を練る。


 一通りそれらがまとまったところで、三郎忠国氏に提示した。氏は目を丸くした。

くも緻密な作業案は、初めて見ましたわ」


「あははは。何しろ敵前に築くわけですから、充分に案を練りしっかり事前準備しておく必要があります。……というわけで梅雨明けと同時に作業にかかりますゆえ、諸々の御手配をお願いしたい」

「なるほど。うけたまわりましたぞ」

 氏は、大きく頷いた。


「ところで……」

「はい」


「娘、ぬいをもう抱きなさったか? 早う、祝言を上げましょうぞ。儂はややが待ち遠しゅうございまするぞ」

「へ!?」

 傍らで、お縫さんが頬を真赤に染め、俯いた。


「ああ、そういえば冠者はだ一二歳でございましたな。あまりにも大人びておられるゆえ、忘れておりましたわ。さては……おなごはまだでござったか。わははは」

「……」

「いや待てよ……。冠者の周囲はいつもおなごだらけ、とも聞きましたな……。はてさて」


 おいおい。勘弁カンベンしてくれぇ~。――

 お縫さんが複雑な顔しとるやんか。どないしたらええねん!!

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