かの対馬守義親殿以上ではござらぬか

「お父上」

 おぬいさんが三郎忠国氏に酌をしつつ、口を挟んだ。


「八郎冠者は未だよわい一二と伺いましたが、どうしてどうして逞しい殿方でございました。我らが突然、宇治(阿蘇分家筋)の手の者に囲まれ危うい所に、八郎冠者がいきなりおでになられて、またたく間に四人を斬り伏せなさいました」

「ほう」


「弓ではなく、太刀でございます。何処からともなく現れたかと思うと、つかつかと宇治の者共に詰め寄り……それはそれは見事なお腕前でございました」

 お縫さんはその時の様子を改めて思い出したのか、興奮気味に頬を染める。


「わははは。そなたより腕の立つ男がおったとはなあ」

 氏は大笑いすると、

「いやさ、お縫は男まさりでしてな。ひとたび薙刀を持たせると、余の者は誰も敵わぬ。日頃、我こそ日本一と豪語しておるのですじゃ」

 と嬉しそうにオレに言う。お縫さんは、ぷっ、と頬を膨らましつつ、

「いえ。わたくしは一度たりとも、左様な事は申しておりませぬ」

 と、ちょっとだけ口を尖らす。


斯様かように男勝りゆえ、嫁の貰い手がおらぬのですわ」

「いやいや何の何の。お綺麗な方ではありませんか」

 オレがそう言うと、お縫さんは真っ赤になり下を向き、袂で顔を覆った。可愛い。――


 そんなお縫さんの様子をにこにこと眺めていた氏は、

「おおっ、そうじゃそうじゃ。冠者、礼が遅れましたわ。娘と郎党共を救けて頂き、深く御礼申し上げまする。娘らの命の恩人から金など受け取れませぬぞ」

 と、深々と頭を下げると先程の砂金をオレに握らせ、

「これは冠者御一行が、館を構えるのにお役立てなさいませ。勿論我らも大いにお力を貸しましょうぞ」

「ありがとうございます。されば……」

 オレは三郎忠国氏に、常々考えていたプランを披露した。


「宇治の連中は、早くも敵となりました。我々はまさに、敵前に館を築くことになります」

 氏は、然りと頷く。

「そこで……」

 オレは秘策を語った。つまり、現地でモタモタと一から作業を行えば、敵の攻撃を食らう恐れがある。なので予め図面をき、それを頼りに各パーツの加工を済ませた上でまとめて現地に運び込み、一気に組み上げるのである。


 氏は驚きの声を上げた。

「左様なやり方は、聞いたことがございませぬぞ。それで上手いこと、建物が組み上がるので?」

「手前が指揮を執るので、まあ大丈夫でしょう。梅雨の間に準備を行い、一気にやります。まずは図面を引いた上で、材料や大工、人夫の数を弾き出しますゆえ、三郎殿にはそれらの調達を御手配願いたいのです」


「何と。人夫の数まで……」

 氏は腕組みしつつ暫く思案していたが、

「いやもう、聞きしに勝る御方でございまするのう。武勇に勝り、かつ知恵深い……。かの対馬守義親殿以上ではござらぬか!! こりゃ是非とも、娘を冠者にもろうて頂かねばなりますまい」

「あははは。何とも気のお早い話ですな。まあ、こちらとしても嬉しいお話なので、前向きに検討致しましょう」

 お縫さんが、またもや真っ赤になって下を向き、固まってしまった。なので仕方なく、オレは手酌で盃に酒を満たした。


 夜半まで大いに語り、飲み明かした、その翌日。――

 空はどんよりと曇り、小雨が降っていた。オレは雨具を三郎忠国氏の郎党に貸し、大工の棟梁を呼びに行ってもらった。

 程なく棟梁が、腕利きの大工一名を伴いやって来たので、オレは座敷に何枚も紙を並べてメモを取りつつ、打ち合わせを進めた。


 お縫さんが、ピタリとオレの傍らに張り付いている。

 茶碗が空になると、お縫さんが下女を呼び寄せ、茶を注いでくれるのである。ちなみに当地の茶は、京の源氏ヶ館で飲み慣れた物より質が良い。


「宋の国より取り寄せた物を、裏の畑で育てております」

 とお縫さんは言う。宋人が博多の地などを往来しているため、京以上にあちらの様々な文物が手に入るらしい。


 時折屋敷内を、お縫さんの案内で見て回り、それを参考に母屋の設計を行う。二刻ばかし大工達ととことん打ち合わせ、二人を帰した。

 後に残ったオレは、算用数字と筆算を紙に書き連ね、設計や積算作業に没頭……したいところであるが、お縫さんがオレにピタリと寄り添い、いや纏わり付き、一向に離れようとしない。


「それは、何をなさっておられるのですか」

「計算です」

「算術でございますか……。横書きとはまた奇妙ですね。宋の文字でしょうか」

「いや違う。もっと、ずっと遠い地域の数字です」


「では天竺の文字でございますね」

「いやいや。まだまだ遠い地域だ」

 未だ純情路線に片足を突っ込んだままのオレは、美女に纏わり付かれると緊張してしまい、作業どころではない。


 いや……純情ちゃうねん。硬派やねんオレ。マジやぞ、勘違いせんといてくれ。――

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