かの対馬守義親殿以上ではござらぬか
「お父上」
お
「八郎冠者は未だ
「ほう」
「弓ではなく、太刀でございます。何処からともなく現れたかと思うと、つかつかと宇治の者共に詰め寄り……それはそれは見事なお腕前でございました」
お縫さんはその時の様子を改めて思い出したのか、興奮気味に頬を染める。
「わははは。そなたより腕の立つ男がおったとはなあ」
氏は大笑いすると、
「いやさ、お縫は男
と嬉しそうにオレに言う。お縫さんは、ぷっ、と頬を膨らましつつ、
「いえ。わたくしは一度たりとも、左様な事は申しておりませぬ」
と、ちょっとだけ口を尖らす。
「
「いやいや何の何の。お綺麗な方ではありませんか」
オレがそう言うと、お縫さんは真っ赤になり下を向き、袂で顔を覆った。可愛い。――
そんなお縫さんの様子をにこにこと眺めていた氏は、
「おおっ、そうじゃそうじゃ。冠者、礼が遅れましたわ。娘と郎党共を救けて頂き、深く御礼申し上げまする。娘らの命の恩人から金など受け取れませぬぞ」
と、深々と頭を下げると先程の砂金をオレに握らせ、
「これは冠者御一行が、館を構えるのにお役立てなさいませ。勿論我らも大いにお力を貸しましょうぞ」
「ありがとうございます。されば……」
オレは三郎忠国氏に、常々考えていたプランを披露した。
「宇治の連中は、早くも敵となりました。我々はまさに、敵前に館を築くことになります」
氏は、然りと頷く。
「そこで……」
オレは秘策を語った。つまり、現地でモタモタと一から作業を行えば、敵の攻撃を食らう恐れがある。なので予め図面を
氏は驚きの声を上げた。
「左様なやり方は、聞いたことがございませぬぞ。それで上手いこと、建物が組み上がるので?」
「手前が指揮を執るので、まあ大丈夫でしょう。梅雨の間に準備を行い、一気にやります。まずは図面を引いた上で、材料や大工、人夫の数を弾き出しますゆえ、三郎殿にはそれらの調達を御手配願いたいのです」
「何と。人夫の数まで……」
氏は腕組みしつつ暫く思案していたが、
「いやもう、聞きしに勝る御方でございまするのう。武勇に勝り、かつ知恵深い……。かの対馬守義親殿以上ではござらぬか!! こりゃ是非とも、娘を冠者に
「あははは。何とも気のお早い話ですな。まあ、こちらとしても嬉しいお話なので、前向きに検討致しましょう」
お縫さんが、またもや真っ赤になって下を向き、固まってしまった。なので仕方なく、オレは手酌で盃に酒を満たした。
夜半まで大いに語り、飲み明かした、その翌日。――
空はどんよりと曇り、小雨が降っていた。オレは雨具を三郎忠国氏の郎党に貸し、大工の棟梁を呼びに行ってもらった。
程なく棟梁が、腕利きの大工一名を伴いやって来たので、オレは座敷に何枚も紙を並べてメモを取りつつ、打ち合わせを進めた。
お縫さんが、ピタリとオレの傍らに張り付いている。
茶碗が空になると、お縫さんが下女を呼び寄せ、茶を注いでくれるのである。ちなみに当地の茶は、京の源氏ヶ館で飲み慣れた物より質が良い。
「宋の国より取り寄せた物を、裏の畑で育てております」
とお縫さんは言う。宋人が博多の地などを往来しているため、京以上にあちらの様々な文物が手に入るらしい。
時折屋敷内を、お縫さんの案内で見て回り、それを参考に母屋の設計を行う。二刻ばかし大工達ととことん打ち合わせ、二人を帰した。
後に残ったオレは、算用数字と筆算を紙に書き連ね、設計や積算作業に没頭……したいところであるが、お縫さんがオレにピタリと寄り添い、いや纏わり付き、一向に離れようとしない。
「それは、何をなさっておられるのですか」
「計算です」
「算術でございますか……。横書きとはまた奇妙ですね。宋の文字でしょうか」
「いや違う。もっと、ずっと遠い地域の数字です」
「では天竺の文字でございますね」
「いやいや。まだまだ遠い地域だ」
未だ純情路線に片足を突っ込んだままのオレは、美女に纏わり付かれると緊張してしまい、作業どころではない。
いや……純情ちゃうねん。硬派やねんオレ。マジやぞ、勘違いせんといてくれ。――
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