我らの命運を託すに足る御仁である、と

 翌朝。――

 幸い、晴れた。梅雨には珍しく、快晴である。ただし猛烈に蒸し暑い。

 早速全員で、お隣益城ましきの地へと移動を開始した。荷物と負傷者を荷駄車に乗せ、洞窟を後にする。


 宴会部長の平太郎が意気揚々と、先日伝授したばかりの七〇年代名曲「つ○ばねの唄」を唄い始めたので、

「阿呆っ、めんかい」

 と慌てて止めた。

 エロい歌をおなごの前でうとてはいかん、と教えておくべきやったわ……。こいつらはまだまだ、随分と教育に手が掛かりそうである。


 おまけに長旅と野営が続いているせいで、全員薄汚れ、浮浪者集団のような有様である。これでは人々に不審がられ警戒されるのも、やむを得ないだろう。

よ、何とかせなあかんな……)

 下り坂を歩きつつ、思案する。


 しかし今日に限って言えば、いつもと状況が異なるようである。道行く人々が皆、オレ達一行に目を向けるなり、

「おや!? 白縫しらぬい姫様じゃ」

 と、嬉しそうに声を上げるのである。

 どうやらお縫さんは、この辺でも評判の姫君らしい。彼女のおかげで、オレ達に対する不審感は半減しているようである。


(それにしても、この美女がオレの嫁さん候補かよ……)

 どうやら当世のオレ君・・・は、モテモテ無双人生確定のようである。実に喜ばしい。もはや前世の事など忘れた。あの、バスケ部の女マネージャーって、名前なんやったっけ!? 早くも名前すら思い出せへんわ(笑)


 女性陣の脚を気遣ってゆるりと移動したが、それでも陽が傾く前には益城の「阿蘇やかた」に到着した。


 なるほど尾張権守家遠氏の屋敷はおろか、京の源氏ヶ館よりも広い。ちょっとした砦のような規模である。その門前に、当主阿蘇三郎忠国氏が郎党と共に待ち構えていた。

 オレより小柄とはいえ、何となく兄、上総御曹司(義朝)を彷彿させる偉丈夫である。ただし血筋なのか、色白のナイスミドルである。確かにお縫さんの父親だとひと目で判る。


「よくお越しなされた。ささ、早うこちら……より先に、風呂に入られますか」

 座敷ではなく、屋根付きのデカい露天風呂へ案内された。なかなか豪勢なものである。

 ゆったりと湯に浸って長旅の垢を落とし、用意された着替えを身に着けると、座敷の上座に座らされた。改めて三郎忠国氏と対面する。


「河内源氏、六条判官為義が八男、八郎為朝です。以後よろしゅう」

 胡座のまま両の拳を畳に付き、頭を下げる。

「阿蘇の三郎忠国と申します。此度は遠路わざわざお越し頂き、有難う存じまする」

「いえいえ。こちらこそご厄介になります」

 互いに挨拶を交わした。


「我が阿蘇氏は、神武天皇様の御代以前より続く名族ではございますが、長年分家筋の宇治氏が羽振りを利かせておりましてな。我が阿蘇本流は、恥ずかしながら虫の息でござった」

「聞き及んでおります」


「されど祖父の代に、八郎冠者の祖父殿であらせられる対馬守義親殿にくみし、そのご助力を得つつ阿蘇本流の再興を果たしましてな。以来、父忠景、そしてわしの二代で、ここ益城を地盤とし、往年の勢いを取り戻さんと励んでおるところでございます」

 なるほど。長く続く名族といえども、楽ではなさそうである。


 郎党達も皆、入浴を済ませ真新しい衣類を与えられ、広い座敷でうたげが始まった。瓶子と盃が目の前に並べられると、誰もが喜びの声を上げた。

「あははは。これはかたじけのうございます。長旅の間、誰も酒を口にしておらんのです」

 重季さんに耳打ちし、砂金の袋を持って来させると、

「こちらは当面の居候代です。梅雨が明ければ阿蘇の地に館を構えるつもりですが、それまでの費用としてお収め願います」

 と、忠国氏に渡す。


「おや。これはまた貴重な物を……。左様な気遣いはご無用ですぞ」

「いえいえ。金なぞ幾らでも、商売で稼げますゆえ」

「ほう」

 忠国氏は声を上げる。


「京での冠者の名声は、少々耳にしておりまする。なんでも相当な武芸の腕前でありながら、商売の才覚もありなさる……と」

 傍らでオレ達の会話に耳を傾けていたお縫さんが、空となった盃に酒を満たしてくれた。彼女も既に入浴を済ませ、あでやかな着物に着替えている。


「実は儂も、それなるぬいも、一昨日の夜全く同じ夢を見ましてな。天女より、冠者を迎え入れよとの示唆を受けたのですじゃ」

「その話はおぬい殿より聞き及んでおります」

「儂は冠者をひと目見て悟りましたぞ。冠者は対馬守義親殿……いや八幡太郎義家公の再来でござろう。噂に違わず、我ら親娘及び一族郎党の命運を託すに足る御仁である、と」

「それはまた……。何とも過ぎたるお言葉にございます」


「もし冠者さえ宜しければ、天女のお告げ通り、それなるぬいもろうて頂きたい。いや、醜女しこめゆえ恐縮ではありますれど」

 傍らでお縫さんが、そっと頬を染めた。


 いやいやご謙遜を。ごっつ色っぽい美人やないかい!!――

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