ああっ!! ぬし達は昨夜の……

 以前由布で見た夢のように、妙にリアルだった。


 なまめかしくも美しい、しっとりふわふわの色白女体が、オレにぴたりと抱きつき、その柔肌がオレの全身に纏わり付いてきたのである。夢とはいえ、五感全てを刺激され、あたかも実体験そのものであるかのように脳裏に強く焼き付いた。

 洞窟に射し込む朝日を浴びて完全に目覚めた今も、微に入り細に入り脳内で完全再現出来る。


 つい、改めてそのシーンを味わうかのように反芻してしまったせいで、再びオレの愚息が「おはようございます」してしまった。冷たく濡れた下帯に不快感を覚える。

(やっても~た……)

 そっちの欲求に関しては淡白な方らしく、睡眠中暴発の経験はかつてない。大いに狼狽えた。


 郎党達も居ることである。さりげなく立ち上がり、そっと下帯の替えと手ぬぐいを手にして近場の小川で体を洗おうと思った。

 ところがオレが立ち上がると、オレにぴったり寄り添っていた及川奈○と明日花キラ○が目を覚ました。


 二匹はふんふんと鼻を鳴らす。そして明日花キ○ラがオレの周囲をぐるぐると巡りつつ、

「うぉ~ぅ、うぉ~ぅ」

 と軽く吠え始めた。及川○央もくねくねと身をくねらせつつ、オレの股間に顔を擦り付ける。


「おいおい。やめろやめろ」

 慌てて二匹を引き離そうとするが、どちらもなお、オレから離れようとしない。

 郎党達の幾人かは、オレに何が起きたのか察したらしく、ニヤニヤと笑いながら、

「冠者。早う身を清めに行きなされ」

 と促す。オレは頭を掻きつつ、着替えと手ぬぐいを持って川へと向かった。儂も……と、数人がオレの後に続いた。二匹も相変わらず、オレに付き従う。


 昨晩の雨はどこへやら、空は良く晴れていた。しかし小川の流れは未だ少々激しい。

 流れに飛び込み手早く体を洗い、すぐに上がって体を拭くと、着替えた。そこでふと、二匹の様子がおかしいのに気付く。二匹は周囲に視線をやり鼻をヒクヒクさせながら、うぅ~っ、と低く唸り続けているのである。


「……!?」

 オレは二匹の視線の先に目を凝らした。直接は何も見えないが、木立や草薮の中に、何やら人の気配がある。

(さては、昨晩の連中か!?)

 阿蘇氏の手の者が、オレ達の様子を遠巻きに監視しているのかもしれない。


「急いで洞窟へ戻るぞ」

 川の中でバカ騒ぎしている郎党達に声を掛け、皆のもとへと早々に戻った。昨晩考えた計画とその段取りを全員に伝え、さらに、

「どうやら昨晩の連中が、我らの様子を見張っておる。絶対に一人では行動するな。最低四人、一緒に纏まって動け。但しあちらが手を出さぬ限り、こちらも一切手出し無用である」

 と命じた。


「では、始めるぞ」

 号令を掛けると、皆一斉に散った。

 半数は四人一組で、周辺の村へ鎌やなた、木槌を借りに走った。ついでに桶を買い集めよ、と彼らに小銭を預けてある。

 残る連中は竹の切り出し部隊と穴掘り部隊である。


 村へ向かった連中は昼前に、金物や桶を荷駄車に満載し戻って来た。

「確かに、あちこちに昨晩の奴らの気配がありますな」

 郎党達が口々に言う。

 やはりうかうかしては居られない。すぐに洞窟入り口周辺の草刈りを始めさせた。


 一方、穴掘り部隊は洞窟の前に、深さ一m近い穴を三列、互い違いに掘った。その間次々と、切り出された長さ三mの竹が運び込まれる。それらを縦半分に割り、一cm間隔で穴に並べて立て、地面に打ち込み竹垣を築いた。さらにそれらをつるで結い付け、補強する。


 陽が傾きかけてきたところで、オレはキエンギとオオカミ二匹を伴い夕餉の食材調達に向かった。

 半刻足らずで数匹のタヌキとイノシシ、それに山鳩数羽を狩り、洞窟へと戻ろうとしたその時。……


 そこに、薙刀を構えた美女が、居た。――


 美女の背後には、その侍女らしきおなごが二人、ぶるぶる震えながら隠れるように立っていた。さらに郎党らしき男が四人いたが、うち二人は血を流し地に転がっている。

 そしてそれらを取り囲むように、一〇人ばかしの男共が刀を抜き、美女らと対峙していた。美女は果敢にも、猛者一〇人を睨みつつ薙刀を八相に構える。遠目にも、その凛とした気迫が伝わってくる。


「あの薙刀のおなご、腕は立ちそうに見受けますが、あれではまともに戦えぬことでしょう」

 キエンギはオレにそっと耳打ちし、それから足元に転がっている石礫を、幾つか拾い上げた。

 なるほどキエンギの言う通りである。突然襲われたとみえ、たすきを掛けていない。あれでは衣服の袖が邪魔で、上手く薙刀を振り回すのは難しい。


 オレは及○奈央と明日○キララを手で制し、キエンギに、

「先頭のあ奴ひとりを、やれ!!」

 と合図した。


 キエンギは頷き、袂に手を入れるが早いか石礫を投げた。

「ぐわっ!!」

 という絶叫が周囲に響いたその瞬間、おれはつかつかと彼らの方へ歩み寄り、その距離を二間に縮めた。昨晩の実戦経験のおかげで、もはや怯えや躊躇いは一切無い。


「お前達は、昨晩の者共か?」

 大声で、しかし冷静に問い質した。及川奈○と明日花キラ○もオレの傍らに寄り、低い唸り声を上げる。

「ああっ!! ぬしは昨夜の……」

 一〇人の男共は、オレを見るなり顔色を変えた。

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