これが、乱世か……

 一人、刀を抜いて飛び出した若者とは逆に、怖気づいた敵集団は呆れる程脆かった。二匹のオオカミが飛び出すや否や、わっ、と慌てふためき全員が一斉に逃げ出した。

 勿論おっさんボスも、何度か草薮に足を取られつつ、ほうほうの体で逃げた。重そうなケツが実に不様ブザマであった。


「奈央っ、キララっ!! 戻って来い」

 オレが素早く二匹に声を掛けると、及川奈○と明日花キラ○は直ちに若者を放置し、オレの傍らへと戻った。こいつらはちゃんと、人の言葉を理解するし自らの役割を認識しているのである。多分、前世は人間だったのだろう。何やら良からぬ事でもやらかして、罰としてオオカミに転生させられたに違いない。


(オレは真面目高校生やったんが良かったんやろな。ちゃんと人間に転生出来て幸いやったわ……)

 二匹の首元を撫でつつ、

(今生しっかり頑張って、次は人間に転生しろよ)

 と心の中で語りかけた。二匹はそれを知ってか知らずか、オレの太腿に鼻面を擦り付けた。


 二匹は本当によく解っている。若者に飛びかかったとはいえ、ほぼ威嚇のみにとどめ、大した攻撃は加えていなかったらしい。若者は呻き声を上げつつ自力で立ち上がり、片足を引き摺りながら逃げて行った。


 危機は去った。一瞬の静寂の後、洞窟内にどっと歓声が沸き上がった。

「冠者。見事でございましたな」

 郎党共が、口々にオレを褒め称えた。


「いや、そうでもない」

 考えてみれば、相手方の行動は実に真っ当ではないか。――

 突然不審な集団が近辺に入り込んで来れば、そりゃもう、排除すべく早速行動を起こす筈である。しかしオレは、それを全く想定していなかった。甘かった、と言わざるを得ない。


(これが、乱世か……)

 思えば、オレが転生したのは京の堀川六条「源氏ヶ館」である。それから一年近く、何の脅威もない環境で、ぬるま湯どっぷりの生活をおくった。そのせいで、乱世真っ只中だという認識が足りていないようである。


「ちと警戒が甘かったやも知れぬ。今の襲撃をしのげたのは、単に運が良かっただけと心得よ。今後は常に、警戒を怠るな」

 オレは全員に戒め、交代で見張りを立てることにした。


 ただしここは、天然の洞窟である。入り口は一ヶ所しかない。おまけに番犬以上に優秀なオオカミが、二匹も居るのである。改めて考えると、守りは鉄壁である。だからこそ先程も、難なく敵の襲撃を退ける事が出来たと言える。

「皆、刀は常に、手許に置いておけ」

 と指示するのが関の山である。


 ……いや、そうでもなかった。

(もし、オレが寄せ手であれば……)

 と想定し攻略法を考えると、ちゃんと攻めようがあるではないか。裏を返せばそれが即ち、この洞窟の弱点である。

 オレはすぐに、主だった者を集めた。


おのれが寄せ手の大将だと思うて、この洞窟を攻めてみよ。お前達なら、どう攻める?」

「されば……」

 すかさず口を開いたのは、弥平である。

「周囲の草薮に火を掛けまする。草を燃やして、炎が洞窟内に入れば、皆いぶり出されましょうな」


流石さすがは弥平だな。その通りだ。火攻めは、斯様な雨の日は心配なかろうが、晴れの日なら危ない。風向き次第では、我らは洞窟内で全滅する」

 皆、なるほどと頷く。


「さすれば、外から洞窟内に鏑矢を射掛けられても危のうございますな。……いや、鏑矢じゃのうても……飛び道具は全て駄目ダメじゃ」

 新太がボリボリと頭を掻いた。

「まあ、そういうことだ。洞窟の入り口が丸見えなのはマズい。晴れたら早速、対策を行う」

 オレはそう言うと、皆で計画を練った。


「いやあ、蒸し暑い」

 夜も更け、男共は上半身裸になると思い思いに寝入り始めた。

 オレは少しでも危機を察知できるよう、洞窟の入り口付近に陣取り、寝転がった。及川○央と明日花キ○ラも寄って来て、オレの背にぴったりくっ付き眠り始めた。


(早う館を建てんと……。こないな生活、長々とやってられへんわ)

 目を瞑ると、たちまち睡魔が襲ってきた。そして警戒の意思はどこへやら……爆睡した。


 夢を、見た。

 妖艶なる美女が、薙刀を振るっていた。


 舞をまうかの如き見事な薙刀捌きで、いかつい男共を退けていた。が、オレを見るなり薙刀を地に横たえた。

 それからするすると衣服を脱ぎ捨て素っ裸になると、

「お待ち申し上げておりました」

 とオレに抱き着いてきたのである。


 夢の中で、オレの相棒の猛々たけだけしくなり、下帯の中で暴発した。

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