我々山の民しか知らぬ、大きな洞窟がございましてな
山の民キエンギと出会ったのは、幸運と言う他ない。
彼は日本各地、とりわけ九州の地理や情勢に明るかった。
「我々は阿蘇方面を目指している。ただし具体的に、阿蘇のどこ……という目的地は定まっていない。候補地すら無い」
オレがそう話すと、キエンギは驚き、
「どういう事でございましょう?」
とツッコんできた。なのでオレは、ここまでの経緯と九州征服目標を明かす。
「なるほど……。されば」
暫くじっと考え込んだキエンギは、ふいに
「おいおいっ。ここは九州やぞ。東北の地図は関係あれへんやろ」
「ほ!?」
こいつ、大丈夫なのか。――
キエンギはオレの指摘に首を傾げながら、不承不承「陸奥国之図」を懐ろに戻し、代わりに、
「ここが阿蘇でござる」
と、棒切れの先で、地面に大きめの丸を描いた。
「ここは、如何でござろうか。阿蘇のお山の西南にございまする」
棒切れの先で×印を描く。
彼はさらに、ニョロニョロと線を延ばし、
「これが、今まさに歩きつつある山道にございます。豊後の国府や別府、宇佐。さらには佐伯や臼杵へと通じますな」
「ほう」
「して、こちらを抜けると……」
彼は×印から、東南東に向かいニョロニョロと線を延ばす。
「ここが、太古にウガヤフキアエズ朝の都があった、高千穂にございまする。高千穂を抜けると日向国の海岸端に出ますゆえ、日向国の全域に移動出来ます」
「なるほど」
「それから……」
次に×印から、上下に線を延ばす。
「西へ向かうと
キエンギは次々に道を書き加えつつ、最後にぐるりと九州の海岸線を描いた。
「うん……。良い土地だな」
オレはひと目で、その地のアドバンテージを理解した。
前世において、学校で習っただけの乏しい地理知識によれば、九州はそのど真ん中を山脈が貫いており、昔から交通の便を阻害していたらしい。
しかし、キエンギのような山の民の力を借りれば、山間部の移動も可能ではないか。――
九州征服という当面の目標を意識しつつ、改めて、キエンギが地面に描いた地図を眺める。
阿蘇山とは、まさに九州の「ヘソ」とも言うべきエリアである。その南西だという×印が、非常に魅力的なポイントに見えてきた。
「阿蘇の地は、代々阿蘇氏が治めておるそうです。神武様の御代以前から続く、名族だそうで」
「オレも、そう聞いている」
「今は、その阿蘇氏の傍流がその一帯を治めており、本家筋は脇に追いやられて虫の息でございました」
「うん。それも聞いている」
「されど近年は本家筋の、阿蘇の三郎殿が……」
と語りつつ、キエンギは×印のすぐ南西に丸を描いた。
「この地を本拠としつつ、次第に勢いを盛り返しつつあります」
「なるほど」
キエンギが言うには、×印付近はまさに両勢力の緩衝地帯ということで、空白地らしい。なのでそこを占めてしまえ、と言うのである。
「阿蘇の恵みたる温泉の湧く、なかなか良い土地でございまするぞ。土地もよう肥えており、多少の工夫は要りますが作物もよう育ちます」
「そうか」
オレは顔を上げ、キエンギの顔を見た。自然と笑みが溢れた。
「そこにしよう」
直感に従い、即決……である。
二つの勢力の緩衝地帯、というのは色々と難しいかもしれないが、逆にチャンスだとも言える。以前テレビ番組で、旧東欧国のナントカ大統領が、大国ロシアと欧州に挟まれつつも両者を手玉に取り大活躍しているという話を聞き、大いに感心した記憶がある。
「ただし、一つ懸念がある。キエンギの言う土地に辿り着く頃、おそらく梅雨に入る」
「左様でございますなあ」
「到着しても、我ら一行が雨露をしのぐ場所がない」
「なぁに、それもさしたる問題ではございませぬ」
キエンギは事もなげに言った。
「
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