これは……文字か?

 崖の陰で一夜を明かし、翌朝を迎えた。よく晴れていた。今日も阿蘇に向けて前進出来そうである。


 オレは薪の残りを削り、キエンギのために即席の松葉杖をこしらえてやった。

「ほう。これは便利でございますな。かたじけのうございまする」

 彼は大いに喜んだ。


 苦労人でもあり、人柄も良く、すぐに一行と打ち解けたようである。郎党達は、

殿」

 と、彼を兄貴のように慕い始めた。昨晩は幾人か、彼に石礫の投げ方を伝授して貰っていた。一方、彼は彼で、オレに関する話を色々と聞いたらしく、

「いや八郎冠者は、凄い御仁でございますのう」

 と、オレに興味津々の様子である。


 一行は再び、四苦八苦しつつ薮中荷駄車を引き、どうにか元の山道へと引っ張り出した。オレの音頭と共に、一行は改めて歩を進めた。


 山中にも拘わらず、気温は既に初夏のそれである。セミこそ鳴いていないものの、そこかしこから大量の虫の音が響いている。

 思うに、総じて前世の気温よりかなり高い気がする。梅雨が近いせいか、空気はかなり湿気を帯びている。


 相変わらず大声でおバカな歌を唱いつつ、山道を歩く。一日三里と目標を定めているが、ここまでは比較的順調に進んでいる。

「暫し、お待ち願いたい」

 キエンギは時折、オレに声を掛け一行の歩みを止めた。

 そして松葉杖をつきながら、路肩の岩々をあちこち丹念に探るのである。


「何をしておる?」

「いや、なに。我ら山の民は、昔から山中のあちらこちらに文字を刻んでおるのですよ。それを探しておるのでございます」

「ほう」


「地図のみでは……」

 と、ふところから「陸奥むつ国之図」を出しつつ、

「詳しい事までは判りかねますゆえ、斯様に岩のしるしを道しるべにしつつ、山中を練り歩くのでございますよ」

「なるほどな」

 あ。いや、なるほどな……ではない。何で九州の山中なのに、東北の地図なのか!?――


「ほれ。見つかりましてございます」

 キエンギが指さした岩に、何やら記号らしき物が多数彫られていた。

「これは……文字か?」

「左様でございます。遥か大昔の文字ですな。今では山の民のみが、読み書き出来まする」


 つまり、標識のような役目を果たしているらしい。風雨に晒され摩耗すると、その都度山の民らがメンテを行い、常に読めるよう維持しているのだとか。

 驚くべきことに、それは漢字伝来より遥か昔から延々続いている習慣だというのである。


「されば、これは漢字伝来以前に使われていた文字……か?」

「左様ですな。豊後や日向の地は、この文字が多うございます。他所へ行けば、他にも様々な文字がございます」


 オレは驚くほかない。前世において、学校では、

「漢字が日本に入ってくるまで、日本人は文字を持たなかった」

 と教わったが、それは間違いだということになる。


(まあ、そうやろなあ……。高度な文化があって、文字がないっちゅうのはおかしいやろ。文字があるからこそ知識やら技術やらを伝えられるし、発展させられる筈や)

 そう理解することにした。いやそれにしても、前世では歴史なんぞにほとんど興味を抱かなかったが、転生後は随分と考えさせられる。


「判り申した。ここを左でございまする」

 キエンギは分岐する小道の、斜め左側を指差す。オレは一行に指示を出し、左へと進路をとった。


 その日も随分と距離を稼ぐことが出来た。キエンギのおかげで、道に迷う心配が無くなったのが幸いである。既に路程の半分近くを消化したのではなかろうか。

 普段より少々早めに野営地を定め、狩りを行う。


 日頃から戦闘をイメージしつつ狩りを行っている。いわゆる実戦の予行演習と位置付け、郎党達にもそう伝えてある。

 その日は新たな戦術を試みた。即ちキエンギの指導を仰ぎつつ、投石による狩りを行った。実戦でも狩りでも、矢の消耗はなるべく抑えたいものである。投石ならばその心配がない。ましてや弓も矢も特注であるオレにとって、これは大きなアドバンテージとなる。


「ほう。流石は八郎冠者でございますな。筋が良うございます」

 キエンギはオレの投石スキルを褒めた。そりゃまあ、平成っ子たるオレは、ガキの頃から野球などを経験している。そこそこのコントロールは持ち合わせており、当世の連中よりはカンが良くて当然である。


「冠者は何をやるにせよ、見事でございまするなあ」

 たちまち山鳩とタヌキを仕留めたオレに、郎党達が羨望の眼差しを向けた。


 投石による狩りではイノシシを仕留めるのが難しく、獲れ高は落ちた。代わりに弓矢による狩りでは困難だった、山鳩の収穫が加わった。キエンギは野草等にも明るく、夕食の食材は随分と充実した。


 オレはついでに、別府にて新たに作らせた七本の弓を試し射ちした。うち一本は非常に出来が良かった。オレはその一本に「エディ・ジョーダ○」と名付けた。

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