ウガヤフキアエズ朝

「ほう。殿、なかなかやりますな」

 郎党達が、路上に転がったタヌキに駆け寄る。

 タヌキは握りこぶしより少し小さい石を腹にぶつけられ、一発で失神していた。一人が素早くとどめを刺し、調理を担当している連中に引き渡した。


「修験者のフリをしておりますからな。太刀や弓などを、持ち歩くわけにはいきませぬ。祖父の代より、かように石つぶてを投げ密かに狩りをしておりまする」

「そうか。上手いものだな」

「恐れ入りまする」

 たもとには常に、投げ易いサイズの石ころを数個、入れているらしい。


 翌日も彼は、荷駄車に座りつつ、目についた山鳩やウサギに向かって時折石ころを投げ、鮮やかなテクで仕留めた。

「足手まといになっておりますからな。多少はお役に立たねば……」

 とキエンギは言うが、いやいやどうして、多少どころの話ではなかった。


 昼過ぎ、彼はふいに周囲の様子を入念にうかがい始めたかと思うと、

「これは……ひと雨きますぞ」

 と、オレに注意を促すのである。


 彼は自分の人差し指を舐め、風向きを確認すると、

「この先、道を外れて右に暫く進むと、大きな崖がございます。そこで雨をやり過ごしましょうぞ」

 と言った。オレはすぐに一行に指示し、彼の示す崖へと向かった。


 四苦八苦しながら藪の中、荷駄車を押し引きしつつ、一行がどうにか崖の陰に辿り着いた途端、轟々と雷鳴が響きわたり強い雨が降り出した。

 彼の言う通り、風向きの関係で丁度良い塩梅あんばいに、崖が雨除けとなってくれた。一行七〇人弱は全く濡れずに済んだ。


「助かった。かたじけない」

「いえいえ何のこれしき」


 幸い、雨はすぐに止んだ。

 オレ達はこの場で野営することにし、薪を集めた。薪は雨で濡れていたが、上手く油を利用してどうにか火を起こせた。周囲はびしょ濡れで狩りに手間どり、獲物はあまり獲れなかったが、キエンギが道中仕留めた山鳩やウサギのおかげで食材不足にはいたらなかった。わずか一日にして、もはや無くてはならない存在だと誰もが認識した。


 肉と山菜の鍋を碗によそい、皆、舌鼓を打つ。

 オレのすぐ後ろで、及川奈○と明日花キラ○も美味そうに獣肉にかぶりついていた。


「山の民には、幾つかの種族がおりましてな」

 と、キエンギは語る。

「ひとつは、我らのように異国より来た者達でございますな。異形ゆえ、天狗と呼ばれておりまする」


「なるほど。天狗の正体とは、お前達の事なのか」

 中東人は背が高く、赤ら顔で鼻が高い。そのせいで天狗伝承が生まれたようである。まさか日本に中東人が多数流入していたとは。――


「異国より来た……と言えば、もそっと南の日向国(宮崎県)には、古代百済国の残党が山奥にさとを作りて長年棲んでおりまする。他所者を一切近づけず、同族のみでひっそりと暮らしております」

 数百年前、半島の百済国が滅びた際、百済王とその一族がこの国に逃れ山奥に住み着いたらしい。


「それから、この国古来の山の民でありますな。特にこの地はその昔、日向国高千穂から豊後山中にかけて『ウガヤフキアエズ朝』というものがございましてな。この地の山の民は、その末裔が多うございます。ちなみに神武様は、ウガヤフキアエズ朝の後裔であると古老より聞いておりまする」


 ほう。――

 何やら聞いたことがある名前である。

 ガキの頃に読んだ、子供向けの「古事記伝」に書かれていた話を思い出す。


 天孫ニニギの子、山幸彦が、浦島太郎よろしく海底世界から戻って来ると、の地の住人豊玉姫が山幸彦を後を追いやって来た。

「デキちゃった……(はぁと)」

 と、彼女は山幸彦に言うのである。

 そこで、浜辺にウガヤを産屋うぶやを建てるが、豊玉姫は早々に産気付き、産屋未完成のまま出産する。


「見ちゃダメ!!」

 と彼女から止められたのに、山幸彦は彼女の出産シーンを覗いてしまう。そこには驚くべき光景があった。何と彼女の正体はワニであった。ワニが一匹、うんうん唸りながら産屋内を這い回りつつ、山幸彦との子を生み落としたのである。


「見ぃたぁな~っ!!」

 正体がバレた豊玉姫は、赤ん坊を山幸彦に託すと、半ベソかきながら海底世界へと去って行った。残された赤ん坊は、産屋未完成にちなんで「ウガヤフキアエズ」と名付けられた……という。


「書物にはお一人のミコトとして書かれておるそうですな。神武様の父御ててごである……と。されど、この地の言い伝えはちごうておりまする。古老は『ウガヤフキアエズ朝七三代』と申しております」

 そしてその七四代目が大和へと東征し、神武天皇となった……らしい。

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