すわ、天狗じゃ。天狗じゃ~っ!!

「すわ、天狗じゃ。天狗じゃ~っ!!」

 先に駆け出した者が、倒れている人物に近づくなり大声を上げた。

「なに!? 天狗じゃと?」

 他の者も一斉に、路肩を駆け下り小川の方へと向かう。


 日頃大人しい及川奈○と明日花キラ○も、アオゥアオゥ~ッ、とこちらに向かって何かを訴えるかのように吠えている。

「お前達はここに居て、荷駄車を見張っておけ」

 下男達に命じると、オレも彼らに続き、そちらへと向かった。


「これが天狗でござるか……。初めて見申した」

 郎党達は皆、天狗を囲んで興奮している。

 どれどれ、とオレも覗き込んで見ると……天狗やあれへんやん!!


「これが、天狗かぁ?」

「いや天狗の絵にそっくりではござらぬか。我らとは顔がちごうておりましょう!? 真っ赤で、鼻がたこうて髭が濃い。背丈も冠者と同じ位ありそうですな」

 皆、口々に言う。


 まあ、確かに日本人の顔ではなさそうである。どこだろう……。南方系でも、インド方面の人種でもない。中東系か?

 白い、坊さんの袈裟のような衣装。すぐそばには小さな烏帽子のような物が転がっている。どこからか滑り落ちたらしく、あちこち泥だらけ。右足を擦りむき出血している。


 与次郎がしゃがみ込み、彼の頬を軽く叩きながら呼びかけると、漸く意識を取り戻し目を開いた。

「頭が……痛い」

 と言い、後頭部に手をやった。肘からも少し出血している。


「ほら、ちゃんと日本語を喋っとるやないか。天狗ではなかろう」

「日本語?」

 郎党達は怪訝そうな顔をする。


「名は、何と言う? どこの住人か?」

 与次郎が尋ねると、彼は、

「キエンギと申す」

 と、か細い声で名乗った。

「きへいじ?」

「キ・ィエ・ン・ギ!!」

「きへいじ」


 オレは一発で正確に聞き取れたけれど、郎党達は耳慣れない名前だけに「きへいじ」としか聞こえないらしい。

 重季さんに命じ足の傷の手当をさせ、与次郎に代わってオレが彼に語りかけた。


「山の民でございます」

 と、彼はこたえた。

 やはり日本人ではないらしい。祖父の代に中東方面からやって来た、という。日本中の山々を歩きつつ暮らしているのだとか。


「つまり、ただの修験者しゅげんじゃでございます。まあ、お前様方この国の人々からは、天狗と呼ばれておるようですが」

 なるほど。日本人からすれば彼らは異相であり、天狗やと思い込んどんねやな。――


 彼の意識ははっきりしており、打った頭は大丈夫そうである。オレは郎党達に指示し、彼を道端まで担ぎ上げさせ、荷駄車に乗せた。


「キエンギ。お前の家はどこだ」

「特にございませぬ。ひたすら山岳を歩き回っておりまする。祖父伝来の地図がありますゆえ、国中どこへでも行けます」

 彼はふところから、「陸奥むつ国之図」と書かれた地図を自慢げに取り出した。おいおいおい。オマエは東北の地図を見ながら、どないして九州を歩き回っとんねん!!――


 ともあれ、色々謎な男ではあるが、負傷しているため暫くオレ達で面倒を見ることになった。一行はあらためて、阿蘇へ向け歩を進める。キエンギは荷駄車に腰掛け、

「かたじけない」

 と恐縮しきりである。

 幸いキエンギは、この山々の地理に通じていた。阿蘇までの道のりもよく知っている、と言い、案内役を務めてくれることになった。


「異国から来る者も、沢山居るのか?」

「左様、山中を歩いておると、大層大勢見かけまする。ちなみに手前てまえは肥後国(熊本県)生まれゆえ、既にこの国の人間と言えなくもございますまい」

「なるほど」


「されど人々は、異国の血を引く者に冷とうございましてな。どの村へ行こうと煙たがられるのです。止む無く修験者のフリをしつつ、斯様に山々を歩き回っております」

「あははは。では、修験者ではないんやな」

「左様で」

 キエンギもニヤニヤと笑う。


 二刻程歩くと、陽が傾き木々のあちら側に隠れ、見えなくなってきた。――


 頃合いか……と判断し、全員に声をかけ野営の準備を始めさせた。

 全員で薪を集めた後、狩りを受け持つ者達が森の奥に入り、獲物を探す。


 及川○央と明日花キ○ラが走り回り、獣を見つけると激しく吠え立てる。驚いて飛び出すイノシシやタヌキを、オレ達が弓矢で仕留めるのである。特に訓練したわけでもないのに、二匹は上手く働いてくれる。


 ところが今日は、飛び出してきたタヌキを郎党の一人が仕留め損なった。タヌキは森を抜け、山道の方へと一目散に逃げる。

 ……と、その時。


 荷駄車に腰掛けていたキエンギが、素早くたもとに手を突っ込み何かを取り出したかと思うと、目にも留まらぬ早さでそれをタヌキに向かって投げつけた。

 どすっ、と鈍い音がし、タヌキはもんどり打って路上に転がった。

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