冠者は八幡大菩薩の御加護を受けてござる
噂に聞く、明晰夢というヤツだろうか。オレの背を押すお鶴は、その体温や、懐かしくも
ふたりで過ごした
「阿蘇へ向かいなさいまし。さすれば八郎様の運命も大いに開かれましょう」
と、夢の中のお鶴がオレに促すのである。
翌朝目が覚めても、お鶴の言葉は鮮烈に、オレの脳裏に残った。
(阿蘇か……)
前世では関西人だったため、阿蘇に関する知識が無い。せいぜい、
――阿蘇山という巨大な火山があり、もし破局噴火を起こせば直ちに日本終了のお知らせが流れる。
といったアバウトなレベルである。
家遠氏をつかまえ、
「阿蘇とは如何なる地でございますか」
と尋ねてみた。
「左様……、阿蘇氏の地盤ですな」
太古より続く名族で、初期天皇家の九州での活動を支え、代々阿蘇
「ここ由布から、山道をざっと二〇里から三〇里程ですかのう」
それだけしか知識がない、と家遠氏は言う。
オレは、発注した弓を受け取りに別府へ向かう重季さんら五人に命じ、阿蘇の地の情報を集めさせた。しかし一〇日程して戻って来た彼らは、
「大した情報は得られませなんだ」
と、首を横に振った。
「今、
「そうか……」
大して役立つ情報とは思えない。
しかし、それでもオレはいずれかの目標地点を決断しなければならない。お鶴の夢を見た事と、お鶴が行き先を示唆した事を、単なる夢と片付けではいけない気がした。一晩悩んだ末、
「我々の新たな目標は、阿蘇」
と、オレは一同を前にして宣言した。皆、よく分からないまま頷いだ。
早速郎党と共に集落へ赴き、道案内人を募った。しかし農繁期であるため、誰も応じてくれない。やむを得ず、情報収集にとどめ、なるべく詳細な地図を作成した。
オレは家遠氏に挨拶し、集落の者達にカネを渡して礼を言うと、翌朝、一行と共に阿蘇へ向けて旅立った。荷駄車にはひと月がかりで製造した傘を積み上げ、買い集めた食糧や大工道具、鍋釜を満載し、郎党達や下男達と代わる代わる牽いた。
傍らには、さも当然であるかのように、及川奈○と明日花キラ○が黙々と付き従う。
ちなみに先日判明したのだが、明日花キ○ラはオスだった。
一行の旅は幸い、ここまで好天に恵まれている。しかし梅雨はすぐ目前に迫っていた。
「晴れの日が、阿蘇まで続けば良いですなあ」
与次郎がオレに言う。
「大丈夫でござろう。冠者は八幡大菩薩の御加護を受けてござる」
と、重季さんが応える。
「平太郎。歌え」
オレは人材育成プログラムの一環として、平太郎を宴会部長として育てるべく、不朽の名曲「日本全国酒飲み音頭」を教えた。彼はすぐに歌詞を憶え、美声を響かせ高らかに唄う。
たちまち大合唱となった。皆、気に入ったらしい。
ところが、
「酒が飲みたいのう……」
とボヤく連中も居て、
(これはマズい)
と気が付いた。思えば備後を出発して以降、誰も酒を飲んでいない。既に手持ちのカネの四割を使っており、予算節約のため酒の購入を控えていた。いやそれ以前に、大所帯に振る舞えるだけの量を調達出来なかった。
余計なフラストレーションはなるべく逸してやるべきである。オレは、
「よし。新しい歌を教えてやる」
と、つぼイノリオ大先生の隠れた名曲「極付け○お万の方」を歌った。案の定大爆笑となり、一行は意気軒昂として歩を進めた。
荷駄車を押し引きしながらの山道は、決してラクではない。
梅雨入りが心配ではあるが、「孫子」を参考に一日の移動距離を概ね三里と定め、陽が落ちるよりも随分早く歩みを止めて野営の支度に入る。無理は極力避けた。
由布を出発して三日目の昼過ぎの事。――
突如、及川○央と明日花○ララがオレに何かを訴えかけるように吠えたかと思うと、勝手に道の脇を駆け下りて川岸へと走ったのである。
「何事ぞ!?」
皆、二匹の走る方に目を向けると、小川のほとりに人が倒れていた。
郎党が数人、すぐに駆け出し二匹の後を追った。
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