皆様のお召し物の洗濯をお任せ下さいまし

 二日後、いよいよ職人指導のもと「傘作り」が始まった。


 オレの設計した傘は、丸ではなく四角い。つまり斜角四五度の、エジプトのピラミッドのような四角錐である。いや、斜角は何度でも構わないが、

「和紙は高価ですぞ。しかも、いかに豊後国府といえど、数を確保するのが難しいやもしれませぬ」

 と職人が言うので、紙を効率よく使う事を考慮し四五度とした。


 こちとら一年前までバリバリの受験生だったので、計算はお手の物である。ピタゴラスの定理を使い、底辺の骨、斜辺の骨、縦の梁、横の梁……の長さを割り出す。それを職人に伝え、試作品を作らせたのである。


「なるほど。長さが丁度よろしゅうございますな」

 計算のみで各パーツのサイズを導き出し、ピタリと設計通りの傘が組み上がったことに、職人は驚いていた。彼は完成品を一旦分解し、それを元に、各パーツを製造するためのものさしを複数こしらえた。


「それらのものさしを使えば、全く同じ部品を大量に加工できる筈だよな」

「そうでございますな」

「しかも作業するのは皆素人ゆえ、一人に一工程だけをとことんやらせる。さすれば次第に作業精度も向上する」

「なるほど」

 左様なやり方は初耳ですな、と職人は舌を巻いた。


 郎党達の手により、既に立派な真竹を大量に切り出してある。つまり傘の「骨」となる材料である。オレの伝えたサイズで職人に複数のものさしを作らせ、それを使い郎党達に各パーツを削り出させる。


 ある者にはものさしを用いて、竹に二ヶ所ずつ印を付けさせる。ある者は墨を浸した細紐で、印に合わせてぐるりと一周線を引かせる。そしてそれに合わせて鋸で切り落とす者がいる。さらにそれを、鉈で数等分に分割する者がいる。


 オレは職人と共に郎党達の間を歩き回り、作業のコツをアドバイスして回った。

「難しい……」

 しばらくそうボヤいていた郎党達も、一刻ばかし作業に没頭するうちに慣れてきたらしい。次第に手際が良くなってきた。


 空は、幸いにして快晴である。


 由布岳やその周辺の景色は青々としていて、実に清々しい。ただし、かなり蒸し暑い。

 郎党達は時折手拭いで汗を拭きながら、作業に没頭する。オレは歩き回りつつ、自然と映画「特攻野郎Aチーム」のテーマを口笛で奏でていた。


(せや、BGMや。こういう時はBGMが要るんや)

 そう気付き、

「平太郎。何か歌え」

 と指示した。


「心得申した」

 河内組のムードメーカー平太郎が、良く通る声を響かせ当世の流行り歌を唱い始めた。今様、と言うらしい。すぐに幾人かが、それに合わせて唱い始める。


(う~ん、何で昔の日本の歌は、ことごとく短調なんやろ……)

 メロディが暗く、平成人たるオレ的にはいまいちピンと来ない。高揚感に欠ける。


「ちょっと待て。オレが歌を教えてやる」

 オレはつボイノリオ大先生の名曲「金太の大冒○」のワンコーラスを、高らかと唱い上げた。

 たちまち大爆笑がおこった。彼らはすぐにワンコーラスを憶え、大合唱となった。何事かと家遠氏らが屋敷より顔を出し、気味悪げにこちらを眺めていた。


 作業初日は、こうしてノリノリで進捗した。陽が落ちる前に作業を切り上げ、皆で近場の露天風呂に行き汗を流す。入浴中も「金太の大○険」の大合唱は続いた。


(ん!?)

 ふいに、オレは周囲に視線を感じ、辺りを見回す。

 草藪の向こうに、チラチラと赤や黄色のが見えるのである。

(何だ……!?)

 と凝視していると、ふと、それらと眼と眼が合った。


(はあ……。誰か覗いているんや)

 敵ではないか、と思わず警戒したが、よくよく目を凝らすと皆、女達のようである。

 それならまあ、警戒することもあるまい……と素知らぬ顔で入浴を続ける。


 四半刻ばかし湯に浸かり、上がって体を拭き着替え終えたところで、草藪の向こうからおずおずと数人の娘達が現れた。

「八郎冠者」

 彼女達から呼び掛けられる。


「どうした!?」

「明日より私共に、皆様のお召し物の洗濯をお任せ下さいまし」

「ほう」

 彼女達の眼に、ハートマークが浮かんでいた。好意的な申し出らしい。


「それは有り難い」

 オレは彼女達に礼を言い、快諾した。


 翌日より、オレ達に接触して来る女達が増え始めた。調理や給仕等を申し出てくれたのである。オレは作業の合間に周辺の野山を歩き回り、獣を仕留めた。それらを捌いて調理させ、彼女達にも振る舞った。大篝火を囲んでの野営は、若い娘が多数混じり随分と賑やかになった。

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