まるで天狗様のようじゃ
翌朝早く、オレは郎党数人を従えて職人の家を訪ねた。
「難しゅうございますな」
職人は渋い顔で、言う。
「ご指示通りの『傘』を作ることは、出来ましょう。されど我ら手先の器用な者がやっても、数日かかりますな。仰せのごとき
「そうか……」
とにかく竹の加工が難しいらしい。職人の話から察するに、便利な加工器具が存在しないため、どう検討しても職人作業となってしまうっぽい。かといってこの由布の小さな集落には、職人など数える程しか居ない。要望通りの数は絶対に揃わない、という。
「いやいや。梅雨時をしのぐだけの、間に合わせの品で充分だ。不格好で良い。職人品質の出来でなくとも構わん」
「はあ……」
「人手だけは充分にあるから、どんどん竹を削らせる。そのうち使える材料だけ用いれば、何とかなるのではないか!? 郎党達も、数日ひたすら竹を削らせれば次第に器用になるだろう」
オレは京で培った分業のノウハウを伝え、規格となる「ものさし」を多数作るよう依頼する。
「なるほど。面白うございますな……。まあ、やってみましょう」
彼は膝を打ちつつ、そう答えた。
今後の段取りを打ち合わせ、職人の家を出た。すぐに郎党の一人を走らせ、竹のみならず大量の薪を切り出すよう指示する。
それから農家を一軒ずつ回り、細紐や
「手間賃として、ゼニを割増で払う。灯りの油の代わりに薪を提供する」
と提案すると、多くの者が承知してくれた。
そろそろ農繁期に入り忙しくなるが、この時代は照明が存在しないため、陽が落ちれば夕飯を食い嫁さんを抱いて寝るだけである。油は高価であり、灯りを確保してまで夜間に内職しても採算が合わない。逆に言えば、カネと灯りを提供すれば喜んで作業依頼に応じてくれるのである。
ちなみに余談だが、この時代に転生し理解した事がある。
――日本人は昔から勤勉な民族だ。
という前世の常識は、大ウソらしい。
学校では、
「百姓は日の出と共に田畑に赴き、夕暮れまで農作業を行った。夜は夜で、遅くまで夜なべした」
と教わったが、実は農業には、農閑期という休業期間がガッツリある。また、なぜ早朝から夕暮れまで田畑に出るのかというと、昼間の暑い時間帯を昼寝でもしながらやり過ごすためだったりする。つまり朝方と夕方、気温の比較的穏やかな時間帯しか働いていない。
作業密度が低いのである。前世のように、勤務時間一杯ひたすら働きまくる、というものではない。
また夜は夜で、既に述べたように照明コストの問題がある。余計なコストをかけあくせくと働いたところで、売って金になる商品を内製出来るわけでもない。せいぜい草履だとか蓑笠だとか、自らが使う日用品をこしらえる程度に過ぎない。
実にのんびりした日常生活をおくっているのである。どこが勤勉なんや、とツッコみたくなる。
(それを学校教育が、日本人は勤勉な民族だとウソを刷り込んで、馬車馬のように働く社会人を養成しとんねやろなあ……)
前世のインチキのカラクリが見えた気がする。
まあ、余談はともかくとして。――
相変わらずの話ではあるが、郎党達と共に集落を練り歩いていると、人々がオレを見て口々に驚きの声を上げるのである。
「ほう。八郎冠者は、噂通りの男前でございますのう。大きゅうて、まるで天狗様のようじゃ」
女共も、
「逞しい殿方でございますこと♪」
と黄色い声を上げる。前世では考えられない程、モテる。少々ウザいが、悪い気はしない。
しかし気になるのが、
「いやなに。この周囲の山々には、天狗様がおられますのじゃ。大きゅうて赤ら顔で、鼻が
一人の老いた農夫が言う。
「ほう。先日はオロチを見たが、当地には天狗までおるのか」
「左様ですじゃ。手前も若い頃に、山中で一度見かけましたわ。おそらく山の民でございましょうな。ひたすら山の中を歩き、人里には一切姿を見せませぬ」
「そうか……」
何とも不思議な土地である。オロチなんぞより、その天狗とやらに会ってみたいものである。
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