それらは国府に赴き調達せねばなりますまい

 九州征服。――

 郎党二人を前にして、咄嗟に口を突いて出て来た言葉である。


 この時代に転生し、そろそろ一年を迎える。その間、そんな大それた野望を意識した事はなかった。

 しかしながら、謙虚人間のオレがどれだけ控えめに自己評価しようと努めても、当世においてオレがあらゆる面で他人に秀でているのは間違いない。敢えて三割引四割引で算盤ソロバンを弾き直しても、何かしら大望を果たせそうである。


(九州全域を征服する位の事は、出来るんちゃうか?)

 言葉を発して後、改めてそう感じるのである。


 二人の郎党がそれを吹聴し、にわかに一同が活気づいた。

「八郎冠者は、上総御曹司(義朝)に勝るとも劣らぬ大器ぞ。決して絵空事ではない」

 と、京選抜組が中心になってしきりに気炎を上げるのである。

「その証拠に、初めて弓をお取りになられた際、あの剛力ゆえ上総御曹司の強弓をへし折ってしまわれた。今、冠者こそが海道一の弓取りやもしれぬ」


 弓の腕前のみではない。武芸全般達者であられる。先日など、恐ろしげなオロチを一刀のもとに斬り倒したではないか。学もあり、既に名将の風格が備わっておられる……と主張し、河内組の郎党達も、

「そうじゃ、そうじゃ」

 と頷く。


 要するに、乱世である。

 実力本位の「男の時代」なのである。郎党達が気炎を上げるのも、無理はない。


 ちなみに九州征服と言っても、九州各国の自治権を握る……というわけではない。九州全域の治安をオレが一手に握り、私的荘園の利権を手中に収めようという意味である。武家による経済的支配、というべきか。


 オレの九州征服宣言のお陰で、皆のモチベーションが高まり、翌日以降の作業が大いに捗った。

 朝一番に、昨夕既に手配していた職人がやってきた。六六人分の雨具製造について検討する。


「難しゅうございますな」

 職人は首を捻った。


 当世、雨具といえば「みの」である。材料は稲藁である。

 この小さな集落だけで大量の蓑を作る稲藁を調達するのは、困難かもしれない。しかしまあ、周辺集落にまで手を伸ばせば何とかなるだろう。

 ただし蓑は嵩張かさばる上に、水を吸って重くなる。長時間、雨の中を移動する事を考えると、オレ達一行にとってはあまり好ましい選択とは言えない。


 そもそも当世の常識では、雨の日というのは屋内でじっとしておくべきなのである。余程緊急の用事でも無い限り、外出しない。晴れの日を待って外出すれば、それで事足りる。


 雨天に外出するとすれば、それはプレイボーイ位のものだという。

「あれまあ。斯様な雨の日にわざわざお越し下さるとは……。この殿方はアタシの事を、くも深く愛してくれているのね♪(はぁと)」

 と女性が勘違いし、あっさり落とせるらしい。


 そういう笑い話もある程、雨中の外出というのは珍しい。だからこそ雨具もそれ程発達していないのだろう。

(……ちゅうか、雨が降ろうが風が吹こうが毎日学校や職場に行く日本人て、なんやろなあ)


 当世の常識の方が自然で、前世の人間は頭おかしいんとちゃうか……とつくづく感じるのである。思うに、雨具や交通手段等の発達と引き換えに、日常生活における余裕を奪われてしまっとるやないか、と。――


 ともあれ、オレは、

「こんなモノを作れないか?」

 と、傘のアイデアを職人に提示してみた。


「なるほど……」

 当世、既に「笠」は存在する。ただし雨具として考案されたわけではなく、防水処理が施されていない。

 オレのアイデアは、笠に防水処理を施し、を取り付けて「傘」を作るのである。勿論折り畳めないため嵩張る筈だが、それでも蓑よりはマシである。それに蓑より軽いに違いない。


「材料の竹は、そこらで揃いますな。柿渋も、まあ今から手配なされば間に合うでしょう。問題は和紙と油ですな。それらは国府に赴き調達せねばなりますまい」

 国府とは大分市南部のようである。人を遣わして、和紙と油を大量に買い付けて来い、というのである。


(うわっ。面倒臭え……)

 雨具調達ひとつでこの手間かよ、と頭が痛くなってきたが、しかしやらざるを得ない。オレは職人に設計案を示し、試作品を作らせた。


 同時に郎党を集落に走らせ、国府への道案内人を探させた。また一二人を選抜し、

「油と和紙を大量に買い付けてこい。それに大工道具も多数買い揃えよ。荷駄車も三台、買え」

 と命じ、金を預けた。


 一二人のうち、与次郎と弥平には別の指示を与えた。

「国府にて、九州の情勢について色々と情報収集しろ」

 一二人はすぐに支度を整え、道案内の農夫を伴い勇んで出立した。残りの者は近隣の農家から鋸や鉈を借り、竹藪から真竹を大量に切り出させた。

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