自ら拠点を作ればよい
その晩、郎党下男の前で、
「この地を移動せざるを得ない」
と事情を説明した。たちまち一同より、不満の声が上がった。
「まあ、ひと月ばかし先の話だ。それまでにこの先の事は考えるから、あまり心配するな。それより、明日から移動の準備に取り掛かるゆえ、皆、協力するように」
と言うと、全員納得した。基本的に呑気な連中なのである。
ちなみに京より引き連れてきた郎党三〇人と下男は、オレへの信頼度忠誠度が極めて高い。その後合流した河内組三〇人も、最初こそ若過ぎるオレに対し疑いの目を向けていたが、旅を続けるうちに疑念はあらかた消えたようである。おまけに先日のオロチ退治が決定打となり、もはやオレの統率力に疑念を抱く者はいない。
(オロチに出くわしたんは、結果的にラッキーやったな)
と、つくづく思うのである。武芸のスキルにおいても抜きん出ているところを河内組三〇人にも示せたことで、今後も暫くは一行をまとめ上げていけるだろう。
「さて、移動にあたり、今までとは異なる大きな懸念がある。それは何ぞや? 分かる者は答えよ」
「はて……」
皆、首を捻るのみである。当世の武士の、何と
いや、ひとりだけ口を開く者がいた。京選抜組の、与次郎という男である。
「ひと月
「そういう事だ」
オレは頷く。皆、なるほどと口々に呟き、それから漸く事の重大さを認識したようである。
「つまり、雨対策が必要となる。明日より人数分の雨具を作るから協力してくれ」
そう伝えると、傍らで丸くなって寝ている及川奈○と明日花キラ○を優しく撫でつつ、雨具の設計と明日の段取りを考え始めた。
そんなオレに、
「八郎冠者」
と声を掛けてきたのが、先程の与次郎と、それから弥平である。
「我らは今後いずこへ向かうべきか、冠者にはアテがお有りでござるか?」
二人はオレの前にどっかと座る。及川○央と明日花キ○ラがちらりと二人を眺め、すぐに目を瞑って寝息を立て始める。
「実のところ、全くない。権守殿にも良い案は無いと言われた」
「左様でございますか……」
「お前達は、どうだ?」
「ひとつだけ、ござる。冠者の祖父殿、義親公は対馬守でございました。
「なるほどな……。しかし、どうやら望みは薄そうやぞ」
家遠氏の顔を思い浮かべつつ、オレは言う。
オレの拙い歴史認識によれば、七世紀半ばに日本の庶民は、全て「公民」と定義された。
同様に全国の田畑の大半は
――庶民に一律、田畑を貸与する。その代わり、毎年穫れ高の
というシステムになっていた。即ち「班田収授法」である。
さらには八世紀半ばより、
――自力で荒れ地を開墾した場合は、その地を孫子の代まで私有して良い。
ということになった。これが有名な「墾田永年私財法」である。
ところが時を同じくして、「うしはく者」――天皇より行政を委任された者――たる藤原氏が勢力を強め、私利私欲の時代へと突入し地方が乱れた。公田であった筈の土地が有力者に横領され、公民だった筈の庶民が有力者の実質的小作農に堕ちた。
それがいわゆる「荘園」である。さらにその主達は、中央の有力者に荘園を「寄進する」という形を取って税の減免を受けるようになった。
地方官に任命された公家が任地に赴く事を嫌がり、代理人を派遣しお茶を濁すようになると、地方の情勢はますます乱れた。その挙げ句、平安末期には武家が台頭し、
――お前らの荘園を守ってやる代わりに、毎年穫れ高の一部をよこせ。
と要求するようになった。つまり荘園をめぐる利権関係が極めて複雑化し、かつ利権を力で奪い合う時代となったのである。
この時朝廷から上手く利用されたのが、例えば源頼義や義家親子である。そして源義親であった。
彼らは地方の混乱収拾のため投入され、多大な功績を上げた。しかしほとんど評価されず、使い捨てられた。それどころか義親に至っては、その複雑な利権に絡んで有力者である大江匡房と対立し、罪人へと貶められた。
「祖父、義親殿はな……」
オレは明日花○ララの腰を撫でつつ、二人に語る。明日花○ララはびくっと目を覚まし、クンクン鳴きながらヒップホッパーのようなリズムで両手をクイクイと動かした。
「利権の複雑に絡むこの九州にやってきて、味方のみならず敵をも随分と増やしているらしい。ここ数日で得た情報から、そう推測している」
「そのようでございますな」
「対馬の地が、果たして我々の来訪を歓迎するのか。どこぞで情報を収集せねばなるまい。そもそも対馬は遠いぞ。荒海を横切り数日がかりで渡航することになる。ゼニも要るし危険でもある」
「なるほど。難しゅうございますな」
「おまけに、今後の我々にとって、対馬に戦略的『地の利』があるのかどうか……も考えるべきやな」
「はあ」
二人は少し考え込んだが、すぐに頷く。
「よいか。我々の今後数年の目標は、九州の征服だ。心せよ」
「あっ!!」
「その拠点に相応しい地を探し、移動するぞ。依るべき勢力が見つからずとも、自ら拠点を作ればよい」
「ははっ。承知つかまつった」
二人は頭を下げ、再び顔を上げた時には血気に溢れていた。
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