阿蘇を目指して、

鶴見岳のUMA

 オレこと八郎為朝様御一行は、久安七年改め仁平元(一一五一)年二月末、豊後国(大分県)別府の港に到着した。


 早速、その日の宿を探した。

 一行六六人ともなると、宿探しも一苦労である。民家の戸を一軒一軒叩いて回り、交渉する。どうにか全員分の宿を確保すると、皆、街中のあちこちにある湯治場で旅の垢を落とした。この地はいたるところに温泉が沸き出ているのである。


「尾張権守ごんのかみ家遠なる人物は、どこにおられるのか」

 翌日郎党達と手分けして、聞き込みに回った。暫くして集まった情報によると、西に見える高い山――鶴見岳というらしい――のさらに向こうにある、由布ゆふ岳の麓に居を構えていると判った。


「重季さん、頼みます」

 父、六条判官為義より持たされていた手紙を託し、郎党二人を付けて家遠氏のもとに遣わした。


 オレ達はその間、別府の街にて彼らの帰りを待つ。

 ちなみにオレは、くだんの特注の弓を四本、京より携えて来たが、途中で全て折れてしまった。当世の素材や加工技術では、オレの力に耐えられず簡単に折れてしまうのである。そこで当地にて腕利きの職人を探し、大急ぎで同じ物を作らせた。


 重季さん達は八日目に、別府へ戻ってきた。

「家遠なる御方は、あまりアテになりませぬな」

 汗を拭いつつ報告する。あからさまに迷惑顔だったというのである。


 しかしこの時代、大人数がひとところに長期逗留するのは難しい。前世、即ち平成の世のように、大きな宿泊施設があるわけでもなければ、スーパーのように大量の食料品を一括調達する手段があるわけでもない。

 これ以上、この地に逗留するのは厳しいため、取り敢えずは先方へ向かうより他ない。オレの弓が一本完成するのを待って、オレ達一行は尾張権守家遠のもとへと出立した。


 人夫と荷駄車を雇い、どうにか買い集めた食料を積んで、四日がかりで山道を歩き由布岳を越えるのである。重季さんの話によると、途中は野宿になるという。まだ寒い時期だが、やむを得ない。


 驚くべきことに、道中、何とUMAに遭遇した。

 犬がキャンキャン鳴き叫ぶ声がするので、何事かとそちらに目を向けると、巨大なオロチが居たのである。


「でっ、出たっ!!」

 一行は動揺した。。

 全長一〇mばかしもありそうなオロチが、二匹の犬を襲っていた。一匹はオロチの胴に巻かれ、一匹は胴で押さえつけられ、どちらも既に弱り力なく鳴き叫ぶのみである。


「ん!? でも動きはニブそうやぞ。退治出来るのではないか?」

 オレは太刀を抜くと、そろりそろりとオロチの尻尾側から近づく。

「弥平っ、新太っ!! オレを援護しろ」

 二人の腕利き郎党を呼び寄せ太刀を構えさせると、オレはオロチの尻尾を太刀で突き、すぐさまそれを抜いて再び身構えた。


 尻尾を突かれ驚いたオロチは、さっと鎌首を持ち上げオレに相対する。その瞬間を狙いすまし、オレは太刀を左から右に振り抜き、成人男子の太腿程もあろうかというオロチの首を薙ぎ払った。


 重い頭が、ごとりと音を立て地面に転がり落ちた。すかさず弥平と新太がオロチに駆け寄り、太く長い胴体を数ヶ所、太刀で突き刺す。首を落としてもなおモソモソと動いていたオロチも、これで流石に動きを止めた。


 一行は歓声を上げた。

「お見事でござった」

 口々にオレを褒め称える。いやいや、大したことなかったやん。っつか、お前らビビりまくりやがって、ホンマに武人かよ。――


 いやまあ、しかしそれよりも、九州の山奥にこんな大ヘビがいる事にあらためて驚く。

 前世にて動物園で見たニシキヘビとは、ガラが違うようである。古代日本の伝承には度々オロチが登場するが、こうして実際に存在したらしい。


 オロチの胴体を持ち上げ、二匹の犬を助けてやった。……と思ったら、犬ではなくオオカミだった。

 どちらも怪我をしており、かなり衰弱しているようである。このまま放置するのも可愛そうなので、ぼろ切れで患部を覆い簡単に手当てしてやった。


「陽も傾いて参りましたし、今晩はここにて野宿しましょうぞ」

 郎党達が進言するので、手分けして野営の準備に取り掛からせた。

 大量の薪を拾い集め、大篝火を焚き暖を取る。一部の者は木立に分け入って小動物を仕留めて来る。陽が完全に落ちた頃、火を囲んでバーベキューが始まった。


「このオロチも、食えるかもしれんぞ」

 オレは小柄こづかでオロチの胴を切り刻み、串に刺して火で炙り、食べてみた。意外にも鶏肉に近い食感で、美味い。皆、オレの真似をしてオロチの肉を切り、焼き始めた。


「お前らも、食え」

 オロチの肉を、二匹のオオカミの前に置いてやると、二匹はおずおずとそれを口にした。

「よしよし。美味いか?」

 頭を撫でてやると、オレに甘えて鼻面を寄せてきた。野生のオオカミの癖に、犬のように従順である。夜更けになると、いつの間にかオレの横にやって来て、並んで寝ていた。

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