かくなる上は、八郎様の子種を残らず頂戴致します

 ――八郎冠者は見かけによらず、おなごの扱いにも長けておられる。

 という噂が、翌朝から屋敷中の女性達に広まった。

 オレとおまささんの「合戦」を、コソっと廊下のふすま越しに伺っていた下女がいて、早速細大漏らさずリポートしたらしい。


「殿方は初めての筈のおひい様が、声をこらえきれず何度も何度も達しておられましたわ」

 と、たちまちのうちに下女達の知るところとなった。情報伝達の速度から推測するに、当屋敷には1000baseのLANでも張り巡らされているに違いない。


 この噂は、昼過ぎに公務から戻った備後守の耳にも届いたようである。

「冠者」

 兄弟と藤太さんに弓の稽古をつけている中、備後守がふらりとやって来てオレに言った。


「この際、九州へ行かれるのは止めて、当地に住まわれませぬか。娘のまさを嫁にもろうてもらえるならば、それもまた有り難い。雅もそれを望んでおる様子ですな」

 何やら備後守親娘に大いに気に入られたらしい。兄弟二人も頷く。


 備後守が言うには、先日来、隣国安芸(広島県)を桓武平氏の棟梁平清盛が治めており、意気盛んだという。

「今のところ、何の問題も起きておりませぬが、近い将来への不安があります」

 隣国平氏勢力との摩擦、衝突の可能性を恐れているらしい。冠者オレがこの地に留まってくれれば心強い、と備後守は説く。


「冠者がこれから向かわれるという豊後国(大分県)も、実は以前から平清盛殿が豊後守を務めておられる。安芸守と兼任……ですな」

「えっ!? 左様でしたか」

「おや? ご存じではござらなんだか」

「いや……恥ずかしながら」


「それはまた……抜かりましたな。平氏の棟梁のお膝元に、冠者が源氏の精鋭六〇人を率いて下向したとあらば、波風も立ちましょうぞ」

「……」

 なんとまあ、迂闊な話である。父、六条判官為義は、オレをとんでもない土地に向かわせたものである。


 頼みとする尾張権守ごんのかみ家遠が意欲的な人物であれば良いが、もし豊後守平清盛の目を恐れて消極的に過ごしているような人物であれば、全然お話にならないではないか。いや、むしろ我ら八郎為朝様御一行を厄介視する可能性すらある。


「まあ、つまり冠者にとっても、この地に留まられた方が良いかもしれませぬ」

「なるほど……」

 オレはしばし考え込む。


 いや、しかし考えるまでもない。九州は平氏の勢力が強い、という事実は元より承知している。その中で彼らと争いつつ、時間をかけ源氏の九州地盤を築く事が、父より与えられたオレの使命である。

 それを放棄し備後守の親切な提案を受け入れるのは、即ちラクな方に逃げる事を意味する。受け入れるわけにはいかない。


 オレは顔を上げると、

「有り難いお話ではございますが……」

 勘当による九州への下向……は政治的事情に絡むあくまで表向きの理由で、それとは異なる目的がある事を備後守に明かした。

「そうでございましたか。さればやむを得ませんなあ」

 彼は残念そうに、しかし穏やかな眼差しでオレに微笑みかけた。


 備後守だけではない。その晩、再びオレの寝所に忍んで来たお雅さんも、悔しそうな表情であった。

「かくなる上は、八郎様の子種を残らず頂戴致します」

 昨晩破瓜はかを経験したばかりにもかかわらず、彼女は果敢にも、オレにリベンジを挑んできた。


 オレが何度、彼女からダウンを奪っても、その都度、

「いま一度……(はぁと)」

 と、色っぽい目をしてオレにむしゃぶりついて来るのである。さすがのオレも、最後はが払底しケムリしか出なくなった。


 こうして数日、この地に滞在し英気を養った後、オレ達一行は改めて九州は豊後国へと向かった。あ、オレだけは逆に、英気を吸い取られた気がするが。――

 藤太さんが、安芸へと向かう船の手配をしてくれた。オレは小袋一杯の砂金を渡して備後守に礼を言い、大勢に見送られて船上の人となった。お雅さんは涙目さえも色っぽく、オレを見送る彼女の姿が長らく脳裏から離れなかった。


 豊後国の別府湾に到着したのは、京をってから丁度一ヶ月後の事であった。幸いにして郎党下男六六人、誰一人病気も怪我もなく新天地へ降り立った。

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