これがおなごの歓びなのでございますね

「あっ。八郎様ったら、今、別のおなごの事を考えておられたでしょう!?」

 じっとオレの横顔を眺めていたおまささんが、突然口を尖らせ、オレに抗議する。

「いやいや、左様なことはない」

 即座に否定したが、実は図星である。お鶴の事を考えていた。


 残念ながら、京を立つ前に終わった恋である。


 お鶴にも婚期というものがある。こちらはいつ、勘当が解けて京に戻れるか全く分からない身の上である以上、お鶴に対し、

「待っていてくれ」

 とは言えなかった。


 さりとて、

「九州まで、オレに付いてこい」

 とも言えなかった。前世のように飛行機や新幹線で九州までひとっ飛び……というわけにはいかない。宿泊施設ひとつ無い時代に、女性を伴って旅するというのはほぼ不可能である。その後実際に自ら旅しつつ、それを痛感している。


 縁がなかった、これできれいさっぱり終わり……と互いに納得し合った。オレも頭ではそう割り切ったつもりだが、心のどこかにまだお鶴への未練がある。いや、未練たらたらである。


「奥方様はおらぬと伺っておりますが。もしやい人でもおられるのですか?」

「いや、……居ない」

「ウソ!!」

 わざと拗ねた表情で、オレの左の胸を人差し指で撫で回す、お雅さん。


 あるいは真っ直ぐ伸ばした指の横側で胸のいただきを上下にいらったり、指先でつついたり……とやりたい放題である。

 拗ねた表情にも色気が滲む。何だこのフェロモンだだ漏れ女は。――


 終わった恋に未練がましく拘り続けるのは馬鹿げている。イイ女は他にも沢山ぎょうさん居てるやないか。現に今、すぐ横にイイ女がいてあからさまにOKサインを発している。そうそう、いにしえの畏き御方も言うてるやんか。据え膳食わぬはオトコの恥、と。――


 純情ウブなオトコの些末な葛藤は、傍らの過剰な色気にあっさりと敗北を喫した。オレの頭の中に突然、ピンっという音が小さく響き、脳内ディップスイッチが一つ、オンになった。好色一代男エロリンスイッチのようである。


 オレはふいに、半身をお雅さんの方に向け、左手で彼女の肩を抱き寄せた。そして右手を彼女のおとがいに添え、こちらを向かせると、そっと口づけした。

 前世、オトナの動画サイトによるで培った、怒涛の連続攻撃をお雅さんに浴びせる。即ち彼女の髪の上から耳元を撫で、その手で髪をかきあげて左耳の後ろをそっと撫で回しつつ、彼女の白いうなじを滑るように撫でながら背中へと向かう。


 そして背中から脇の下を回り胸元に到達すると、意外にふくよかな柔らかき膨らみを優しくアレコレする。

 彼女はたちまち、甘い吐息を漏らし始めた。


 オレの連続攻撃は止まらない。目の前の浜辺に打ち寄せる、穏やかながらも力強い波のリズムに乗せて、多彩な手技を次々と繰り出す。

 彼女の吐息に小さな喘ぎ声が混じり始めた。うなじを少し後ろに反らしつつ微かな声を発する。二十歳はたちとは思えない、彼女の過剰な色気が漂い、オレのリビドーにさらなるエネルギーを補充する。

(今宵こそ、純情オトコは卒業や)


 丸い月が、真正面からふたりを煌々と照らしている。

 オレの手がお雅さんの着物の裾に割って入り、先程とは逆に、彼女の柔々とした内腿を撫で始めた。


 我に返ったお雅さんが、はっとその手を抑える。

「八郎様は、寝所にてお待ち下さいまし。わたくしもすぐに支度して、八郎様のもとに参りますゆえ」


 なるほど。確かにこんな場所で、最後までアレやコレや致すわけにはいかない。

 オレは縁側から外に出ると、井戸端に行き素っ裸になって水をかぶった。それから手拭いで体を拭き上げ、服を着けて座敷に戻ると、既に膳が片付けられお雅さんの姿も見えなかった。

 そのままオレにあてがわれた寝所に移動する。


 用意されていた寝間着に着替え、布団を被りうとうとしていると、四半刻ほど経ってお雅さんが部屋に忍んで来た。彼女も寝巻着姿である。


 そっと、布団に入ってきた。

 体が冷たい。彼女の首筋辺りからほのかに漂っていたオンナの匂いも、ほとんど消えていた。どうやら彼女も行水を済ませて来たらしい。

 オレは彼女をきつく抱きしめ、オレの体温で彼女を温めた。それから改めて口吻する。


 愛ある連続攻撃再開の、火蓋が切られた。オレのも寄せ手に加わり、妖艶淫靡なる彼女のを周到に攻め上げ、たちまち陥落させた。陥落後も徹底して追討戦が行われ、戦場は燃え上がり、かつ歓喜に濡れそぼった。


「嬉しゅうございます。嬉しゅうございます。……これがおなごの歓びなのでございますね」

 彼女は寝間着の袖を噛んで喘ぎ声を堪えつつ、時折感嘆の言葉を漏らした。

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