オンナにして頂きとうございます

「弓のお手前も見事でしたが、指南の腕も見事でござった」

 備後守なにがしはにこやかに笑い、オレの盃に酒を注いでくれた。オレは恐縮しつつ、

「恐れ多うございまする」

 と、備後守に返杯した。


 オレの指導法が極めて合理的だった、と備後守は言うのである。矢の軌道に対しどうスタンスを決め、どう弓を構えるか。そういった指導法は、当世においては画期的らしい。そのあたりをしきりに褒められた。

 息子二人も、云々と頷く。彼らはオレと歳が近いこともあり、すぐに打ち解けた。


 オレの隣りには、ひとりの女性が座っていた。歳の頃は二十歳はたちほどか。本来のオレよりわずかに歳上、といったところである。備後守の長女だという。

「醜女ゆえ、婚期が遅れておりましてのう……」

 備後守は嘆くが、色白の男前である彼によく似た、細面の美女である。


まさと申します」

 彼女は名乗った。その切れ長の目は、先日別れたお鶴を彷彿させる。当世の美女基準的にはアレなのかもしれないが、色気に満ち溢れ、オレ的にはまさにどストライク美女である。


「さあ、どうぞ」

 オレに微笑みつつ、酒を注いでくれる。所作が綺麗で、実に色っぽい。おまけにオレに近づく度、微かに高価そうな香の匂いが漂った。オレは彼女の色気にすっかり当てられてしまった。

 胸の鼓動が高まり、緊張する。オトコたる本能を揺さぶられる。


 オレをにこやかに眺めつつ談笑していた備後守は、手元の料理を平らげると、

「明日ははようから公務がございましてな。これにて失礼つかまつる。冠者はどうぞ、ごゆるりと」

 と、早々に立ち去ってしまった。


 程なく兄弟二人も、

「明日もまた、弓の稽古をお頼み申しまする。冠者はどうぞごゆるりと」

 と席を立った。我が源氏ヶ館では皆、夜半まで飲み明かすのが常であったが、当家では事情が異なるらしい。


 困った事に藤太さんまでもが、

「郎党の方々のお世話がございますゆえ……」

 と、オレの郎党達と共に席を立つ。


 結局オレと、それからおまささんのふたりだけが座敷に取り残された。

(うわ、どないしてくれるねん。……間がもたん)

 内心、大いに慌てるオレ。――


 お雅さんは、そんなオレの密かな動揺をよそに、

「少々寒うございますが、こちらへどうぞ」

 と、オレを縁側へといざなうのである。


 彼女は雨戸をひとつ、開けた。

 眼前には砂浜が広がっており、瀬戸内の穏やかな波が打ち寄せていた。海の上には丸い月が浮かんでいる。

 上々の夜景である。前世であれば、ちょっとしたリゾートホテルでなければ味わえない景色だろう。


 オレが縁側に腰を下ろすと、お雅さんは瓶子へいじを抱えて縁側に戻り、自らもオレのすぐ横に腰を下ろした。そしてどこからか取り出した掛布を、二人の膝に掛けるのである。


「お酒のさかなには、もってこいの景色でございましょう!?」

 彼女も自らの盃を取り上げたので、オレは彼女に酒を注いでやった。彼女はそれを色っぽい所作で飲み干し、そしてオレの肩にしなだれ掛かるのである。恥ずかしながら未だ純情ウブなオレは、一気に緊張する。


「八郎様は一二歳とお聞きしておりますけれど……まことに大きゅうございますね♪」

 オレの肩に頬を寄せつつ、オレの顔を下から覗き込む。

「斯様に大きな殿方には、初めてお会いしました」

「そうですか」


「元服はお済みだそうですね。もう……おなごもご存じ?」

 妖艶な笑みと共に、核心的なコトを尋ねてきた。

「さあ、どうでしょう……」

 オレはちょっと赤くなり、視線をわずかに逸らしつつそう応える。


「うふふふ。くも逞しゅうて……それでいて、可愛らしい御方ですこと♪」

 彼女は大胆にも、オレの左胸に顔をうずめ、掛布の中で、左手をオレの腿に乗せてきた。それからその手を内腿にするりと滑らせ、そろそろと撫で始めるのである。


 ヤバい。――

 たちまちオレの下腹部のが反応し、「さぁ頑張るぞ~」状態と化す。下帯につっかえて痛い程である。


わたくしは二十歳を過ぎ、既に縁談もほとんど聞きませぬ。このまま殿方を知らずして老いるのは、さみしゅうございます」

「いやいや。お綺麗なのに……ご謙遜を」

「謙遜ではございませぬ」

 彼女は突如、顔を上げ、オレを見つめる。


 暫くオレの目を見つめた後、わずかに頬を染め目尻に色気を漂わせると、再びオレの胸に顔をうずめ、

「今宵八郎様に、わたくしをオンナにして頂きとうございます」

 と小声で呟いた。


 香の匂いに混じり、彼女の妖艶な肌の匂いが、オレの鼻腔をそろりとくすぐる。

 身も心も彼女の色気に蕩けてしまい、耐え難い程の、オトコの本能の昂ぶりを感じた。

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