八郎様の傷心を癒やして差し上げましょう

 深夜、お鶴に別れを告げ、向かい風を受けつつ馬を飛ばし館に戻った。

 体が芯まで冷えていた。心も、芯まで冷えていた。幸い下男が、すぐに風呂を沸かし直してくれたので、オレは素っ裸になり浴室に入った。


 湯を頭からかぶり、スノコに座って釜の湯気を浴びていると、誰かがそっと浴室にやってきた。

 男ではない。年頃の下女二人である。


「うわっ。なんやねん……」

 オレは驚き、慌てて股間を手拭いで隠す。


「あらあら。そない慌てずともよろしゅうございますよ」

わたくしがお背中せなをお流ししましょう」

「湯気だけではお寒うございましょうから、湯をおかけ致します」


 いやちょっと待て……と押し問答をしているうちに、下女がもう一人増えた。

わたくしが垢を擦りますので、手拭いをお寄越しなさいませ」

 自ら手拭いを持参して来ている癖に、何故かオレの股間からさっと手拭いを取り上げ、桶で湯をすくい濯ぎ始める。


「ちょっ……待て。待たんかい」

 急いで股間を手で覆おうとすると、すかさず右隣の下女から、

馬手めて(右手)をお流しします」

 と腕を掴まれた。呆れるほど見事な連携プレイで、左腕も逆隣の下女に掴まれる。哀れ、オレの無邪気なは完全に曝け出され、恥ずかしげにこうべを垂れた。


 ここで下女が、さらに一人増えた。四人が押し合いへし合い、オレの体を洗ったり流したり、はたまたあ~んなコトやこ~んなコトをしたり……半刻ばかし、やられ放題の大変な状況となった。

 脱衣場に準備されていた、サラの下帯と寝巻着を着せられ、オレは漸く南国の王様の如き肉林待遇から開放される。


 ところがその安堵も束の間、自室に移動し寝ようとすると、既にそこには、

「寝床を温めておりました。さあ、早うお入りなさいませ♪」

 と、下女の一人がオレの布団の中に居た。


「おいおい」

 オレは下女を布団から追い出す。

「オレはさっき、愛するおなごに別れを告げてきたところだ。お前さんと一緒に寝る気にはならねえ。一人にしてくれ」

 と言うと、彼女は肩を落としつつ渋々部屋を出ていった。


(やれやれ……)

 ふう~っ、と溜息をついた途端、またもや静かに襖が開き、

「八郎様の傷心を癒やして差し上げましょう」

 と、別の下女が忍び込んで来た。すうっとオレの布団に入り込む。


「ダメだダメだ」

 五分ばかしかけて説得し、ようやく彼女を布団から追い出す。ところがまたもや入れ替わりに、

「今宵が最後でございまする。是非とも、八郎様のお情けを下さいまし♪」

 別の下女がオレの布団に入り込んで来るのである。


 やっとの思いで追い出すと、オレは矢立から筆を取り出し、

「就寝中につき立入禁止」

 と紙に書いて廊下に掲げた。


(ふうっ。これで眠れるだろう……)

 と思ったが、甘かった。今度は二人まとめて部屋に入ってきた。先程風呂で、オレを好き勝手もてあそんでくれた連中である。


「こらっ。表の張り紙が見えなかったのか」

「見えましたが、文字まなが読めませぬ」

 あちゃぁ。……


 二人はオレの両側から、布団に入ってきた。出て行け、と言うがテコでも動かぬ様子である。腹が立ち、二人の胸をギュっと鷲掴みしてみたところ、

 ――あはんっ♪

 と小さな嬌声を上げ、オレに抱きついてきた。

(逆効果かよ)

 泣きたくなった。


 そんな中、下女おなごが次々と、オレの部屋に忍んで来るのである。中には自分の布団まで抱えて来る者もいた。一体、この館には、オレに抱かれたい女が何人居るのか!?――


 彼女らは入れ替わり立ち替わり、オレの布団に潜り込み、オレに抱き付く。

「こちとら明日早く出立するんだ。さっさと寝かしてくれ」

 文句を言うと、

「どうぞお眠りなさいませ」

 と下女達は返事する。しかしオレがうとうとし始めると、彼女らはこれ幸いとばかり、モソモソとオレの体をあちこちいじくり回すのである。一瞬たりとも油断が出来ない。


 結局、オレは一睡も出来ないまま朝を迎えた。


 下女達は朝日が昇る直前、全員それぞれ、こっそり自室へと戻った。それから暫くして、重季さんがオレを起こしにやって来たが、

「八郎様の部屋は、おなごの匂いが充満しておりますな」

 しきりに鼻をヒクつかせるので、オレは大いに困惑した。

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