次の正月は、お前の元服式を執り行うぞ

 そういう訳で、オレは元服を待たずして、早くも「モテ期」に突入したようである。


 当世は正式に婚姻し伴侶が定まるまで、男女の交際は比較的自由らしい。

 いや勿論、公家と武家と庶民では事情が微妙に異なるようであるが、前世において学校で教わった知識によれば、公家さえも夜這いが盛んだったそうではないか。平安時代バンザイ……である。


 武家の場合、下女達は、主筋の親族を公然と狙う。

 オレも館主の子息として、おまけに日々世間の噂にのぼる将来有望株として、きあらば狙われた。すれ違う女共がことごとく、

「うふふふ」

 と妖しい笑みを浮かべつつ、色目を使ってくるのである。それどころか、人目がなければ堂々とオレの体に触れてきた。まるで慎みがない。これが当世流なのか。


 前世でそれ程モテたわけでもないオレとしては、ホンネを言えば大いにウェルカムである。もっとも哀しいかな女性経験に乏しいため、自ら積極的に手を出すのは躊躇ためらわれた。


 重季さんにそれとなく尋ねると、

「下女に手を付けてややが出来たとしても、それはそれで一向に構いませぬ」

 と言う。乳幼児死亡率が高いは勿論のこと、成人といえど流行はややまい一発でバタバタと死んでゆく時代である。子が多いのは一族繁栄の条件ということで、むしろ歓迎されるのだとか。


「八郎よ。お前、もはやオトナになったそうだな」

 女性達の噂が耳に入ったらしく、ある日父の六条判官がオレに声をかけてきた。

「次の正月は、お前の元服式を執り行うぞ。心しておけ」

 わははは、と満足げに笑い、父はドカドカと足音を立ててどこぞへ去っていった。前世では成人式を待たずして死んでしまったが、今生では一二歳にして早くも成人ということになりそうである。


 転生当初の不安はどこへやら、オレの新たな生活はすこぶる順調である。もはや前世に未練はない。ただし、やはり平成っ子としては風呂と便所の汚さだけは我慢ならない。


 庶民は、街中にある公衆の蒸し風呂を利用する。

 いわばサウナである。大釜で湯を沸かし、その湯気を浴びて体のアカを浮かす。しかる後に手桶で湯を掬って体を洗い流す。


 我が堀川六条「源氏ヶ館」は大所帯であり、また敷地内にさめがいをひいているため、ちゃんと館内に蒸し風呂の設備がある。しかし当世はまともな掃除用具もないせいか、長年の汚れが積もり積もって非常に汚らしかった。


 そこでオレは、デッキブラシを考案した。

 長い木の柄に大きめのブラシ部を繋ぎ、そこに藁や茅を編んだ物を巻いてみたのである。さらに、草鞋わらじ状のハンドブラシも考案した。


「これで風呂をとことん掃除しろ」

 と下男達に言いつけると、はたして随分と積年の汚れが落ちた。男共は皆喜び、オレも少しは気分良く風呂を使えるようになった。


 ただ、不思議なのは、女性達の入浴である。

 男が多いせいか、女性は風呂を使っている様子がない。さりとて井戸端で水を被っているわけでもない。男女交際こそ比較的自由とはいえ、男にわずかでも肌を見せるのはタブー中のタブーなのである。


 公家の女性は、そもそも入浴の習慣がないと聞いた。確かに前世でも、姫君達は皆フケツで臭かったと教わった憶えがある。武家や庶民の女性はそうでもないというが、当館の女性陣はどうしているのか。座敷で行水でもしているのだろうか。

 オレが女性に手を出すのを躊躇ためらっているのは、実はそういった事情もある。


 しかしまあ、風呂の事情はともかくとして、便所の問題だけはどうにもならない。――

 水もそうだが、紙が極めて貴重な時代なのである。用を足した後に紙で始末するなど、とんでもない話だという。


 なので「糞ベラ」という、名前からして汚らしい木のヘラで後始末をするのだが、それ以上詳しく語りたくもない最低の習慣である。オレはなるべく夜間に用を足し、こそっと無人の井戸端で尻を洗っている。平成っ子としては、そうでもしなければ耐えられない。


(女性は、どないしとるんやろ……)

 というのが、ヒジョーに密かな疑問である。オレのように井戸端で下半身すっぽんぽんになり、水で洗い流す事など出来る筈がない。その辺の事情はあまり想像したくないが、その癖ちょっとだけ気になる。


 彼女達は、男達に絶対肌を見せようとしない一方で、用足し時は意外と無防備である。

 たまに街中まちなかを歩くと、小洒落た格好をした妙齢の女性が、人目も憚らず路地の片隅で着物の裾をまくり、平然と放尿するのを見かけるのである。


 これは館内でも同様である。オレが便所で小用にいそしんでいると、下女達は何の躊躇いもなく、ニコニコしながら入ってくる。


 若い女性がオレのすぐ傍らにあられもない格好でしゃがみ込み、快音を立てつつ小用を足していると、童貞チェリーの悲しいさがでついつい意識してしまう。まさにお元気なお年頃なので、が敏感に反応してしまうのである。彼女達はそれを無遠慮に直視し、

「あれまぁ」

 と意味ありげに微笑む。中にはしゃがんだまま、オレのを指でツンツンとつつく者もいる。


 実に困ったものである。

 あくまでタテマエとしては。――

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