なにを寝ぼけておられる
オレの名は……まあ、敢えて名乗る程でもない。
ごくごくフツーの、田舎の公立普通科高校に通う三年生である。一七歳、バスケ部所属。身長一八〇センチ。
先程男子バスケレギュラーの一人が、
「ひと足早く受験勉強に専念したい」
と抜けたため、オレは万年補欠として、その一枠に最後の期待をかけた。
メンバーの実力からして、当然オレが最有力候補だと思っていた。ところが顧問がレギュラー指名したのは、オレではなく後輩の一人だった。
オレは愕然とした。以後、練習に身が入らなかった。
もうひとつ、ショッキングな事があった。絶対オレに気がある、と思っていたバスケ部マネージャーの
（あいつめ……。節操がねえな）
やっぱレギュラー様がエエんかい!! 尻軽女め。――
オレは彩芽の変わり身の早さを見て、すっかりやる気を無くし、体育館を抜け出すと更衣室でのろのろ制服に着替え、呆けた状態で校門を出た。……次の瞬間、うっかり車道によろけ出てダンプに轢かれた。
一瞬にして、オレの人生はわずか一七歳で幕を閉じたと悟った。
ところが。――
「八郎様、八郎様……」
と、誰かがどこかで誰かを呼ぶ声に、気付いた。オレは、はっと目を覚ました。
途端視界に、古臭い、木目の天井が映った。
慌てて半身を起こす。
（あれ!? オレ、ちゃんと動けるやないか。助かったんか？）
脳ミソを急速回転させる。ダンプに真正面から轢かれたのだから、たとえ一命は取り留めたとしても足の一本、腕の一本は失っていそうである。しかし体のどこにも痛みはない。
キョロキョロと辺りを見回す。オレは古臭い座敷の、古臭くショボい布団に寝かされていた。傍らの障子は開け放たれ、その先には広い庭が見える。
明らかに、救急病院の病室などではない。どこぞの旧家のようである。
（ここはどこやねん？）
軽いパニック状態に陥った。そこへ、髪をポニーテールのように後ろで縛った和装の若い男が、座敷にづかづかと入ってきたのである。
「八郎様。もう目覚めておりましたか。早う起きなされ」
若い男は、オレにそう呼びかける。
「八郎様!?」
誰やねんそれ。オレの名は、八郎やないぞ。――
「なにを寝ぼけておられる。長々と遅くまで寝ておるから、頭が回っておらぬのではありますまいか」
男はオレの背中を、ポンと両手で叩く。
ふと、オレは尿意を覚えた。立ち上がり、男に尋ねる。
「あのぉ、トイレはどこですか？」
「とい……何でござるか？」
言葉が通じない。だが幸い、便所と言い直すと通じた。ほれ、あちらでござろう……と指差された庭先に目を向けると、確かにそれらしいオンボロの小屋が見えた。
よろよろと障子の桟をまたいで縁側に出、地面に転がっていたボロ草履をつっかけてそちらへ向かう。まさに便所と呼ぶに相応しい設備が、そこにあった。オレは用を済ませ、傍らの
男の差し出す手拭いを受け取り、手と顔を拭いつつ、思案する。
「八郎様。何やら急に、大きゅうなりましたな」
男はオレの顔を見上げ、訝しがる。
（ほら、やっぱそうや……。他人から見ても変なんやろ）
オレは素早く辺りを見回す。よく分からないが、庭の佇まいからしてここは、昔の武家屋敷ではないか？
母屋の脇には大きな馬小屋があり、馬の
間違いない。
オレはどうやら、オレではなくなったようである。八郎とかいう人物に成り代わってしまったのではないか。いやしかし、そんな事が現実に起こり得るのか!? 転生なんて、映画やマンガの中だけの話ではないのか。
「あの……失礼ながら、貴方のお名前は？」
「まだ呆けておられまするか。
「重季……さん!?」
かなり小柄だが、オレと同い歳位だろうか。まさに若侍といった格好である。
一瞬にして、オレのハラは決まった。今のこの、オレのおかれている状況が正確に掴めるまで、仮病を使って部屋に引き
「実は頭痛が酷いのです。暫く部屋で寝てますので、皆さんにはそうお伝え願いたい」
心配そうな表情の若侍そう告げると、オレはよろよろと先程の部屋に戻り、古臭くショボい布団を頭から被った。
布団の丈は異様に短く、足先が畳に突き出た。
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