第3話:医薬品プロパーの仕事1
石津が担当するのは、中小病院7件と、開業医13件の合計20件と、
大手、医薬品卸5件を訪問することになっていて、会社の独身寮が完備されて
、朝7時過ぎに、会社の車で、大手、医薬品卸5件を訪問して、エリア担当者
と仕事の状況を聞き、必要があれば、訪問要請のある開業医や病院を訪問する
ことになり11時半と12時に開業医を2件訪問して、昼過ぎに中小病院を
訪問して、1時半から2時に、駐車場のある、ファミリーレストラン、牛丼、
ラーメン屋で食事を取る。
時間があるときには、営業日報の話題をメモして、2時半には、店を出て、
3時前に開業医に訪問、午後5時過ぎに患者の少ない中小病院の医局を訪問し
て、各科の先生からの情収収集の仕事して、その後、外来患者の多い中小病院
を訪問して情報収集、次に早めに終わる開業医の訪問と、終わりの遅い開業医
を訪問して、営業活動を終えてる。その後、午後7時に営業所に帰り、収集した
情報で、特に大事な事や、他の病院、開業医に関係する情報は、営業所長、課長
、係長、関係する開業医、病院の担当者に伝える仕事をする。
次に、今日の営業日報を書き始めて、大きな問題や、話題がない場合は、
20~20時半に仕事終了で、酒好きや麻雀、好きな先輩に誘われると、
12時近くまで付き合うことになる。平均して、週に2-3回は、遅くなる
場合が多く、医薬品営業プロパーは、激務だ。
その分、日当が1500~3000円が出て、更に、営業成績によって、
会社目標を大きく上回るとボーナスの加算が増える。また、営業の
キャンペーン競争で全国トップになると、ボーナスと同額程度の報奨金が出て
、2位で半分、3位で三分の一が加算されるので、年収は、同年代では、
かなり多い方になるようだ。
それに各営業所で必ず、月1回土曜勉強会と称して、自社の医薬品に関連
する文献の読み込みや、関連するテストを行うのが常だった。城東営業所では
、学術肌の諸山富雄係長が月に2回の勉強会を仕切っていて、若手に講師を
させ、鍛えていた。そうして、3年程度で、担当を交代して、石津健之助も
、1975年4月から、国立、都立病院、企業関連大型病院4件担当して、
中小病院5件、開業医6件の15件担当となり、月間目標金額も、大幅に増えて
、面会する医者の数も倍増した。
そして、仲良しの先生や愛宕製薬と親しい先生とのゴルフ、テニス、飲み会
の接待が増えてきた。その交際費も若手で年間20万円だったのが、大病院を
担当すると年間100万の交際費が与えられる。この接待というものが、実に
難しい、ターゲットの先生の、お気に召すレストランでの食事、飲み屋、
ゴルフ場、テニス場を把握しておかねばならないし、その先生の喜ぶ事、
タブー、仲の良い先生の名前、悪い先生の名前を覚えねばならなく、接待は、
はらはら、どきどきの時間を過ごすことになり、食事の味やゴルフ場、
テニスコートの良さなんて感じてる余裕はなく、常に神経を張って、
先生の話や行動を全て、覚えて、メモしていなければならなく、
実に大変な仕事だった。
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