第2話
広い廊下を進む。随所に散りばめられたステンドグラス越しの光が目に心地好い。
少女はやはり楽しそうに軽やかに足を運んでいる。まるで踊りでも踊るかのような足取りだ。その手は未だ俺の手を握っている。この少女は誰にでもそうなのだろうか?
「私、この風景を夢に見ましたの。殿方の手を握って、この廊下を踊るみたいに歩いて!
夢が叶うってなんて素敵なのかしら!!」
なるほどそういう事だったのか。少女の無垢な喜び様にこちらまで何となく嬉しくなる。
「お父様と会ってお話して、その後はどうしましょうか。私、平民とか貴族とかどうでも良いんですのよ。楽しければどっちでも!」
……きっとこの娘は垣根を越えられる。
俺は会って間もないこの時、既にそう信じる事が出来た。恐ろしい程の愛嬌だ。
「……さ、ここが私のお父様の書斎よ!
とっても自由な人だけれど、どうぞお気を悪くしないで下さいな?」
この娘の親なのだから、多分嫌な人では無いだろう。若干の緊張もあったが、この時磔兎の心を満たしていたのはワクワクだった。
ドアをノックしたが返事がない。
「……お父様、はじめて会う人がいるって分かってるみたい。シャイなんだから」
そう呟くとロゼはドアを開けて中へ入っていった。俺も続く様にして書斎へ入った。
「あらァパパの愛しのロゼちゃん、そこのボーイは誰なのン?」
「お父様、紹介いたしますわ。この殿方は『条件』を満たした【転生者】ですのよ?」
「……神門磔兎です。ロゼさんのお父様」
「ワテクシはロンバー家19代目当主!愛に生き愛と生きるコワモテオネエさん!
ローゼンマリア・ロンバーよン、恋のお悩みなら任せてねン、転・生・ボーイ♡」
太い声からして男性である事は確かだった。
ロゼのパパはオネエさんだったのである。
「お願いがあるのよン」
いかにも『困った』と言う様に眉を
「ワテクシのどうしようも無く可愛い天使のロゼちゃんを働かせたいんだけど、可愛さを生かせる職場が思い付かないのよォ。
どうにか出来ないかしらン?異世界には何かそーゆーの無ァい?」
俺はそこで、自分の元いた世界で4人組の少女達を思い出す。
輝いていた彼女達の姿が脳裏を過ぎって、つい口を突いて出た4文字の言葉が、後の俺、ロゼ、この世界までも大きく変えてしまうものだとは思わずに、とても軽率に提案してしまった。
「────アイドル」
さも当然の様に言ったはいいが、ここは俺のいた世界ではない。アイドルと言って通じるかどうかが言ってしまった後で不安になり、説明しようとするとローゼンマリアさんが手を前に出して制止した。
「言わなくても分かるわよン。可愛い女の子とかイケメンとかが歌って踊る奴よねェ。
ワテクシ、アイドルはだァいすきよォン。
ロゼちゃんの名前だってアイドルから取ったんだもの」
「まさか────【RosE】!?」
俺は一瞬で血が
こっちでも【RosE】は人気なのか。同志がいるというだけでもここに来た甲斐があると言うものだ。そしてロゼの名前が妙に親しみがあると思えば【RosE】が由来だったとは。
「あなたも【RosE】好きなのねェ。ちなみに誰推しとか、教えてくれちゃったりするのかしらン?」
「俺は……実はさゆりん推しですッッ!!」
チャット仲間にすら言った事の無い『本当の最推し』。リーダーのらんらんでもムードメーカーのおっきーでもなく、歌唱力のえなっちでもなく。
【RosE】のファン・通称【庭師】のほとんどから『普通』扱いされていた不遇メンバーとも言える少女、『さゆりん』こと
相対音感持ちである彼女は、【RosE】最大の魅力とも言えるハーモニーのミソと言っても過言ではない。サビのハモりの部分は特に彼女によるところが大きいのだ。それなのに、他の三人が浮世離れし過ぎたルックスをしているせいかあまり話題に上がらず、彼女の事を想っているファンは多いはずなのだが、他の三人のファンからの冷遇に耐える勇気がなく、それを公表出来る勇者はいなかった。
だが俺は何故かこのロゼパパ、もといローゼンマリアさんにはすんなり言う事が出来た。
この人になら、打ち明けられたのだ。
「……分かるわァ。痛い程分かるわよン。
彼女こそ【RosE】を【RosE】たらしめる、一番の功労者!不遇とも言えるファン達の扱いも耐えて、私達【庭師】に名曲、いや神曲の数々を届けてくれる姿は、神話に現れる愛の女神……そう、彼女は愛なのよン!!」
……あぁ、俺の転生は報われた。
パパさん、アンタ最高だぜマジ愛してる。
お互いが【庭師】であり同志でもある事を認識した瞬間、そこに心の垣根はなくなった。
同胞としての熱い抱擁を交わし、俺とローゼンマリアさんは立ち上がる。
『ロゼちゃんアイドル化計画』の始動だ。
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