第20話 最終話 私と貴女と…

清々しい青空の平日の朝、部屋には慌ただしい雰囲気が広がっていた。ばたばたと支度を整える私を、夏樹さんが気だるそうな様子でそれでも少し心配そうに見守っている。


「とりあえず、忘れ物はないし、準備OK」

「本当に車で送らなくて良いの?」


「うん。時間も十分余裕があるし、夏樹さんはもう少し眠っていて良いよ」

「ううん、大丈夫……」


 疲れた様子ながら微笑む彼女が愛しくて、夏樹さんに寄り添うと、ふと何かが目についた。


「……夏樹さん、今日は首回りの露出は控えた方が良いかも」

「どうして?」


 くすっと笑ってさりげなく首筋の一点を指で触れながら、不思議がる彼女に笑いを噛み殺して囁く。


「ごめんね。痕、つけちゃった」

「っ!?」


 慌てて身体を離し首を押さえる彼女の顔が赤いのを見て、我慢できずに笑うと予想通り睨まれた。


「もうっ!!だから、駄目って言ったでしょう。

しかも、今日は大切な日なのに……!!」


 言葉に詰まりながら詰る夏樹さんを再び抱き寄せると、渋々ながらも身体を預けてくれる。


「大切な日だから、だよ」

「どうして綾乃ちゃんはそんなに元気なのよ!

……昨夜も殆ど寝てないのに」

「それは勿論、夏樹さんが大好きだから」

「っ!?」


 頬を撫でながら囁くとみるみる真っ赤になる夏樹さんが愛しくて、ついからかいたくなり「まだ時間はあるけど……どうする?」と訊ねてさわさわと手を動かすと、思い切り距離を取られてしまった。


「今日は貴女の卒業式なのに。

少しは自重してくれても良いでしょう!」

「だって、折角夏樹さんが仕事を休んで見に来てくれるのに、何もしないわけにはいかないじゃない?」

「綾乃ちゃんたら!」


 私の表情からようやく冗談だと分かったらしく、呆れるようにため息をつきながらも結局許してくれる彼女と笑い合ってから、何気ない風を装いチェストの中の目的の物を取り出した。


「夏樹さん、これ受け取ってくれるかな」

「?」


 緊張で少し震える手を悟られない様に手渡したのは細長いアクセサリーボックスで、突然のプレゼントに彼女は驚いた表情で私を見る。


「これ、どうしたの?」

「開けてみて」


 言われるままアクセサリーボックスを開いた彼女は中を見た途端、更に困惑した表情を浮かべた。ダブルループデザインのモチーフにシルバーチェーンのネックレスは一目見ただけで高価な物だと分かったらしく、混乱している夏樹さんを見て苦笑しながら打ち明ける。


「ちゃんと自分で稼いだお金だから、心配しないで。

結婚指輪は二人で決めたけど、これは私から貴女へ。

卒業する今日、夏樹さんに受け取って欲しくて。

……気に入って貰えるかな?」


 普段からあまりアクセサリーを身につけない夏樹さんに似合うと思って選んだ物だが、私の説明に時が止まったかの様に見つめたままの彼女が心配になって恐る恐る訊ねると、飛び込む様に抱きつかれ、思わず倒れ込みそうになった。


「勿論だよ!

ありがとう、綾乃ちゃん。

大切にするね」


 夏樹さんの喜び具合にようやく肩の力が抜けたのを感じると「つけてあげようか?」と訊ねてネックレスを受け取る。後ろに回ってネックレスをつけると、振り返った彼女の胸に、銀色のモチーフが小さく輝いているのを見て自然と笑みが零れた。


「うん、凄く似合ってるよ」

「ふふふ、ありがとう」


 見つめ合い、微笑み合うと、何だか照れくさくなって「じゃあ、会場で会おうね」とこの場を逃げ出すことにした。


「いってらっしゃい、綾乃ちゃん」


 靴を履く私に、夏樹さんが声をかける。もう随分と見慣れた光景の中、彼女の胸に光る物を見て、今日が人生の大きな節目である事を感じた。長い学生生活を終え社会に踏み出す私には、これからもずっと彼女がいてくれる。

 夏樹さんがいてくれるなら、それだけでどんな事でも乗り越えていける気がした。


「いってきます。夏樹さん」


 今日から恋人でなくなる私達の関係を思って嬉しくなり、思わず笑った私を、夏樹さんが不思議そうに見つめる。


「今日から、家族なんだね。

私と貴女と……」


私の言葉に、彼女は嬉しそうに微笑んだ。


  <完>

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