第19話 明光 (6)

「つ、疲れた……」


 やっとの思いで家にたどり着くと、そのままベッドにダイブする。

 早紀さんと涼が企画した食事会という名の呼び出しは、案の定私の反省会となり、涼からは会った途端、手加減なしの拳骨をもらい、早紀さんからは私が不在の間の夏樹さんの様子をにこやかに聞かされ、心身共に大ダメージを受けてようやくお開きとなった。


「もうあの二人と食事なんて絶対行かない……」


 私を弄って満足したらしく、清々しい笑顔で別れた二人を思いだし、恨みがましく呟いてから眼を閉じると、そのまま睡魔に身を委ねる。今日は色々忙しかったなぁ、なんて思いながらふっと意識が落ちる寸前――


「綾乃ちゃん、せめて着替えてから眠ったら?」


 優しく声をかけられた。再び眼を開けると夏樹さんの顔が間近にあって、ぼんやりとした思考の中、ただ彼女が欲しくて手を伸ばして引き寄せる。


「ちょっ、ちょっと!?

綾乃ちゃん?」


 戸惑う声を無視し、ぎゅっと抱きついて顔を押し付けると幸せな気分に包まれた。


「……このまま寝ようよ、夏樹さん」

「駄目だよ。ほら着替えて?」


 ぐったりした私を抱き起こして世話を焼いてくれる夏樹さんの優しさに甘えたくて「脱がせて?」と頼んだが、何故か恥ずかしそうな顔で断られてしまった。

 すっかり覚めてしまった眠気に、仕方なく起き上がって服に手を掛けようとした時、左手の指輪が目に止まった。

 出掛ける前にプレゼントされた指輪に、早紀さんと涼は少し驚いたような表情を浮かべたものの、直ぐに笑って祝福してくれた。その時の事を思い出し思わず微笑むと、指輪を外してチェストの上のケースにそっとしまう。

 その後、夏樹さんはキスマークが見つかってしまい、散々からかわれていたのだが、私としては見せるつもりでつけたので夏樹さんに怒られても全く後悔はなかった。


「どうしたの?」

「指輪が凄く嬉しくて思わず笑っちゃった」

「ふふふ、何だか照れるね」


夏樹さんと笑い合いながら、そういえば……と思いついた事を訊ねてみた。


「ねぇ、夏樹さん。

今度の休みにでも私の両親に報告しに行く?」


その言葉に夏樹さんの顔が一気に強ばる。


「そうだった!!

私、綾乃ちゃんのご両親に何て説明しよう?」

「私の両親とは何度も会っているでしょう。

普通に'結婚する事になった'って言えば良いんだよ。

もう一緒に住んでいるし、特に驚くこともないよ」

「結婚するなんて驚かれるに決まっているよ!」

「私が言おうか?」

「それは嫌!

どうしよう、凄く緊張してきた」


 今にも泣き出しそうな夏樹さんをあやすように抱きしめるものの、可哀想なくらい落ち着かない様子に、本当に泣き出してしまったら困るので、この辺でネタばらしすることにした。


「あのね、夏樹さん。

私の両親、私と夏樹さんが付き合っている事知っているよ」

「えっ……!?」


 ぽかんと見つめる彼女に、笑い出したくなるのを必死で堪える。後できっと怒られるかもしれないが、仕方がない。


「……いつから?」

「夏樹さんが初めて家に遊びに来たときから。正確に言うと、夏樹さんと付き合いだしてから、直ぐ報告したの」


私の言葉に夏樹さんは戸惑った表情のまま、詰め寄る。


「だって、あの時綾乃ちゃんは'友人'として紹介するって言ったじゃない! だから……!」

「黙っていてごめんね。

だって、好きな人の事で嘘なんてつきたくなかったんだもの。

私の両親も納得した上で、会ったから」

「それじゃあ、知らなかったのは……私だけ?」

「うん」


「……」

「夏樹さん?」

「馬鹿っ!!」

「わっ!?」


 俯いて震える夏樹さんが心配になり覗き込もうとすると、勢い良く抱き寄せられた。


「馬鹿っ……綾乃ちゃんの馬鹿……!」

「ごめん」


 震える声で何度も私を詰る言葉とは裏腹に、私に顔を埋めたまま身体を押し付ける夏樹さんが愛しくてそっと抱きしめた。ネタばらしのついでに夏樹さんにもう一つ打ち明ける。


「以前、夏樹さんと年末の予定を話したことを覚えている?

私の実家でお正月を過ごさないって誘った時のこと」

「……」


無言のまま、こくりと首が動く。


「あの時、本当はね、夏樹さんに一緒に住もうって言うつもりだったの」

「えっ……」


 驚いた表情を浮かべて顔を上げた彼女に、笑い掛ける。あれから二年もの時間が経ったのだ、もう時効だろう。


「何度も両親と話してね、やっと一緒に住んでも良いっていう許可が出たの。

 本当は結婚したかったんだけど、せめて卒業してからならって言われて」

「……」

「夏樹さんが'家族'っていう言葉に敏感だったから、なかなか言い出せなかった。そのうちに、葉子さんと会って……」

「……ごめんね」


 俯いた夏樹さんから、ぽたぽたとこぼれる水滴が私の服に落ちた。そんな彼女の顔を上げさせてそっと涙を拭うと微笑んだ。夏樹さんを困らせたくてこんな話をしたんじゃない。本当に伝えたい言葉はもっとあるから。


「私は良かったと思ってるよ。

葉子さんと出会えたことも、夏樹さんと一度離れたことも……

早紀さんが言っていたんだ。'夏樹さんが私の運命の人ならまた会える'って。

運命なんて信じていなかったけど……私達はこうして再び会えた。


約束するよ。夏樹さん。

今度こそ、私は貴女の傍にいる。

もう二度と離れないから」

「うん……

もう離れないで」


 再び泣きそうになる夏樹さんに笑って欲しくて、いたずら顔で彼女を覗き込む。


「まさか、夏樹さんからプロポーズされるとは思わなかったけどね」


くすりと笑った彼女は、照れくさそうにそのまま顔を隠した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る