第14話 明光 (1)

目を開けると懐かしい天井が見えた。窓の外は朝日が僅かに差し込んでいて室内は薄く明るい。


(ここは……)


部屋の家具も、ベッドの匂いも以前と何も変わらない。そして、隣に感じる温もりも。


昨夜の記憶を思い返す。夏樹さんと再会して、「ただいま」って言って、手を繋いで夏樹さんの部屋に帰って、たくさん話をして、「おやすみ」って夏樹さんが笑ってくれた……


一つずつ思い返しても、これが現実であると実感が湧かない。自分の願望が見せた夢なんじゃないかって、思ってしまう。今まで同じ様な夢を見て、その度に泣いた朝を何度も迎えていたから。だけど、私の右手は指を絡められたまま繋がれていていて……


隣を見ると夏樹さんが静かに眠っていた。左手で恐る恐る手を伸ばして髪に触れると、さらさらとした感触がある。そっと頬に触れると、温かで柔らかな肌を手に感じた。



「…………綾乃、ちゃん?」


目を開けた彼女が、少し驚いた様に私を見る。そのまま彼女の指が伸びてきて、私の頬をそっと撫でた。


「……泣いてるの?」

「えっ?」


夏樹さんが触れた場所が確かにひんやりとしていて、私は初めて自分が泣いていた事を知った。


「夢を見ているんじゃないかって思って……」


私の言葉に一瞬くしゃりと表情を歪めそうになった彼女は、微笑んで見せるとゆっくり顔を近づけた。指一本分の距離まで近づいた夏樹さんを見つめてから、瞳を閉じる。心臓が痛いくらいどきどきしているのが分かって、身体が燃えるように熱い。繋がれた手に思わず力が入ると、優しく握り返さた。

唇に柔らかな感触が離れてから、しばらくして目を開けると、先程と同じ距離で夏樹さんが見つめていた。


「夢じゃないって分かってくれた?」


囁くような声に、どこか面白がる様な響きを含ませて彼女が問いかける。


「……一度だけじゃ分からないよ」

「ふふ」


私の返事に赤い顔でくすりと笑うと、もう一度夏樹さんの顔が近づいた。触れあう唇と彼女の吐息を間近に感じて、頭が真っ白になる。二年ぶりのキスは、どこまでも甘くて少しだけ涙の味がした。


「夏樹さん」


離れそうになる唇に呼び掛ける。


「何?

綾乃ちゃん」


「離れたくないから……もっと」

「……うん」


繋いだ右手をそのままに左手で夏樹さんの髪を耳にかけてから、彼女を引き寄せる。優しいキスが次第に熱を帯び、荒くなる吐息が時折こぼれる。キスだけでは満たせない狂おしい程の衝動を自分の中に感じながらそれでも止めたくなくて、それを少しでも長く感じていたくて、彼女と唇を重ね続けた。


今までも、きっとこれからも二度とないくらいの長い長いキスから目覚めると、夏樹さんの目には涙が滲んでいた。少し汗ばんだ身体と熱を帯びた瞳、酸素を求めるような荒い呼吸の中で、それでもにこりと笑う。


「大好きだよ、綾乃ちゃん」


真っ直ぐな瞳と彼女の温もりに、長い間自分を縛っていた魔法が解けたかのように夏樹さんへ笑いかける。


「私もだよ、夏樹さん」

「ふふふ、ありがとう」


お互いにくすくす笑うとようやく身体の力が抜けた気がして、ベッドから起き上がる。いつの間にか朝日が昇りきり、室内が明るくなっている事に気がついた。


「ねぇ、夏樹さん」

「うん?」


深呼吸をしてから直ぐ隣の彼女に身体ごと向き合う。一度離れた手を今度は私から繋いだ。


「私、プロポーズしてもらったのにまだ返事を返していないけど……

夏樹さんと一緒にいて良いかな?」


「もちろんだよ」


繋がれた手を離さないように優しく指を絡めて、夏樹さんはにこりと微笑んだ。

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