第11話 残香

どんなに辛くても、苦しくても、日常は容赦なく訪れ、繰り返される。


私は、「母親の病気の介護」という理由で勤めていた図書館を退職した。幸い、私の前任の司書が産休を終えていた為、それほど迷惑をかける事もなく、すんなりと退職する事が出来た。

初め、ぎくしゃくしていた私と母だったが、早紀さんや涼さんのサポートがあり、少しずつ話をするようになった。


あれから「折角来たのだから、夏樹さんのお母さんと早紀さんに挨拶がしたい」という涼さんを病室に案内したところ、涼さんを見た早紀さんは驚いていた。どうやら以前面識があったようで、重苦しい雰囲気を打ち消すように、二人とも直ぐに意気投合していた。

早紀さんと涼さんに支えられる様に、私は母と少しずつ関係を積み上げていった。事情を知った早紀さんの弟の晴次さんや涼さんの恋人の桜ちゃんも幾度となく私達の元を訪れ、病室はいつしか穏やかな雰囲気に包まれるようになった。



それからしばらく経った、5月の爽やかな青空の中、母は静かに旅立った。


母は葬儀から遺骨の整理まで、誰にも迷惑をかけない様に予め準備していたらしく、私が彼女にしてあげれたのは最後まで付き添うことだけだった。


何もかも終わりぼんやりと立ち尽くしていた私に、呼びかける声が聞こえた。振り返ると、早紀さんと涼さんが少し離れた場所で、私を見つめている。少し前までは思っても見なかったツーショットに、少しだけ微笑んで応えた。


「さようなら」


青空の向こうにいる人に小さく呼び掛けると、私を待つ二人の元に歩いて行く。

ゆっくりと歩み寄る私を、早紀さんと涼さんが笑って迎えてくれた。

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