第13話 幕切れ

 警察署受付でホッパー警部に面会を頼む。ホッパー警部はいつも通り嫌そうな顔をしてやってきた。

「やってきましたか、やっぱり」

 そう言って頭を掻く。

 四人がホッパーの机のある捜査一課の部屋に入ると、万引きで捕まった男の大声が響いていた。ホッパーには顔見知りの相手のようで、やみくもにその男の首根っこを押さえると、

「うるせぇぞ。ったく、なんだ、今日は捕まったのか」

 と負けず大声を出す。

 耳元で大声を出され男は顔をしかめる。

「なんでぇ、旦那いたのかい」

 男は耳をさすりながらホッパーを見る。

「珍しいじゃないか、お前が新人―入って半年の下っ端警官―に捕につかまるとは?」

「まぁ、へまやっちまったんですよ」万引き男は口惜しそうに言い、「ちょいとした小遣い稼ぎをした後だったんで、ふらふらでねぇ」

「なんだ、小遣い稼ぎって? 日雇いの仕事でもしたのか?」

「日雇いというか、血を売ったんでさぁ」

 ホッパーが机を叩き、三人も万引き男の周りに詰め寄る。

「血を売った? 誰に? どこの誰にだ?」

 急な反応に男は驚きながらも、

「か、カップ、ケーキの、眼科……で、す」と恐る恐る言った。

「眼科? 眼科がなんだって血が必要なんだ?」

「いや、なんでって、あの眼科の娘が、なんだか血が少ない病らしくって、それで血を飲ますらしいんですよ」男は気持ち悪い話だが、金をもらえるので行ったと言った。

「眼科の名前は?」サミュエルの声が低い

「え? えっと、ま、マイルズ眼科です」おずおずと男が言う。

 四人は顔を見合わせ、ホッパーは部下に出動命令をかける。それより早く三人は警察署を出て西山新興住宅カップケーキへと走った。

 緊急サイレンの鐘が激しくならされ、住宅地の坂の途中にある三階建ての家に着いた。

 

 マイルズ眼科 診療時間 十時から十六時 診療内容 眼科検査。目薬調剤。


 と書かれた、一般的な眼科のようだった。まだ営業時間ではない。

 一階は患者が待つ待合室となっていて、階段の側に椅子があり、案内係が上のベルを聞いて、順番の患者を一人づつ上にあげる仕組みだ。それも、どこにでもあるスタイルだ。

 制服の上着を慌てて着ながら案内係が目を丸くして降りてくるのを押しのけ、階段を上がる。

 階段には足が短いがじゅうたんが敷かれていて少々流行っているのが解った。 

 二階の診察室には、用意を始めようと看護婦が一人いて、驚いた顔を向けた。

「医者は?」

「せ、先生なら、上です。まだ、今日は、降りて、来てませんけど」

 看護婦が上へ上がる階段を指さす。三十分前にやってきたばかりだと言った。いつもなら器具の手入れをしているはずが今日はまだ降りてきていないという。

 彼らはスタッフルームとして階段脇に部屋が用意され、そこで服を着替えているという。着替え終わったころ、案内係の少年がやってきた。服を着替え、そろそろ十時だと知らせるベルを鳴らしたが、応答がないという。

 眼科検査用の椅子が置かれていた。その隣に、検査室。という部屋があった。その横の階段を上がろうとした時、ライトが叫ぶ。

「この匂い!」

 ライトの言葉にサミュエルは四段ほどの階段をひらりと飛び降り、検査室の戸を開ける。

 きれいなドレス姿の女性が椅子に座ってぐったりしていた。サミュエルが眉を顰めるが、すぐに、「医者を! まだ生きてる!」彼女は血を注射で抜かれただけのようだった。

「上だ!」

 ホッパーの怒声に駆け上がる。

 鍵のかかったプライベートルームの戸を何とか突進して打ち破ると、警官が流れ込む。

「どこだ?」

 ホッパーが辺りを見回す。

 サミュエルが奥のカーテンのかかったところをはぐった。

「辞めるんだ! その子に、その血を輸血してはいけない。なぜなら、フロラ嬢の血液型がAB型だ。その子が、B型であれば、その血を輸血した時点で死ぬぞ」

 サミュエルの言葉に、注射器を、今まさに女の子の腕に打とうとしていた白衣の男が止まった。

「A、B型? なんだ、それ、」男の乾いた声、それから漂う異様な匂いにロバートが顔をしかめる。

「君は最新号を読んでいないようだね」そう言って机に置かれたままの最新号の医学新書ホスピタルノートを持ち上げた。「先週の分だよ。ここに、新たにAB型を発見したと記されている。AB型はA型の検査でも、B型の検査にも反応が見られる。AB型は数が少ないために、他の血液型より発見が遅れたようだね。

 さぁ、君の娘がB型であるならば、その血液は、彼女にとって毒だ。おとなしく渡したまえ」

 サミュエルの威厳ある態度と、誰彼服従せざるをおえないような口ぶりをさすがだとロバートは思いながら、医者に近づき、注射器を受け取った。


 あっけない幕切れだ。犯人であるジミー・マイルズは非常に穏やかな男だった。格別抵抗もしなかったし、常に好意的だった。

 娘の心配をしていたが、彼女を信頼できる専門医に見せる約束をしたため、ジミーは素直に連行された。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る